世界史を「五十の手習い」?

2017.06.30.Fri.17:46
私は理系だったので、高校時代は世界史に関してはそれほど熱心に勉強したとは言えません。大学では建築専攻なので、西洋・日本・現代の建築史の勉強はひと通りしました。私が好きな芸術系の本を読む時、建築、音楽、美術の歴史はその時代の情勢とつながっていることが多いので、世界史の知識も最低限は吸収できていたかもしれません。ルネサンス、英雄交響曲とナポレオンの関係、ショスタコーヴィッチとスターリンなど。しかし、どちらかというと断片的なレベルでとどまっていたと思います。

最近、世界的におかしな情勢がみられるようになり、「なぜ、そのようなことが起こるの?」という疑問を持っていました。IS問題、ウクライナ問題、宗教対立、米露対立・中国の世界進出などなど。しかし新聞やニュースでもそれほど詳しく教えてくれない。そのような疑問に応えてくれるような本を読みたいなぁと思っていたら、店頭でそれに見合うかもしれないと思われる新書を見つけました。

画像で撮ったそれらの本は、最近、国際的に問題になっていることと世界史を関連付ける内容になっているので、世界情勢と歴史の因果関係が少しずつ分かってきました。世界史を「五十の手習い」をしている気分です。

クラシックの音楽評論家として有名な片山杜秀氏が、大学受験の記述式問題は大人のためにある…という副題の本をみた時はビックリ。片山氏が司会をしているFM「音楽の迷宮」を聴いている私にとって、彼が慶応大学の政治思想史の先生でもあったことはビックリでした。

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自家製パクチーのデビュー

2017.06.26.Mon.09:52
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3週間ほど前にパクチーの種を蒔きましたが
どんどんと大きくなっています。
ある程度の量を収穫して今晩、食べてみました。

作ったのはエスニックスープです。
具はフライパンでサッと表面に焦げ目をつけた肉団子、
たまねぎ、人参、パプリカ、エノキ、大根、小松菜、春雨、卵、
調味料は味覇とナンプラーと黒胡椒。
最後のトッピングがパクチーです。

レモンかライムを絞りたかったのですが、
買い忘れたので、冷蔵庫にあったカボス果汁を振りかけました。

今日のようにちょっと蒸せる夜、
カンボジアやベトナムへ行ったことを思い出しながら、
独特の青くさい香りとともに
具だくさんのスープを食するのは悪くない。

レシピは適当ですが、味覇とナンプラーの量を調整して
ベトナムで食べてきた鶏のフォーに似た感じにしようと考えました。
見た目はイマイチになってしまいましたが、味はまあまあだと思います。
この夏の猛暑をパクチーで乗り切れるかなw。

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いにしえより響くハープ…佐々木冬彦作品集・愛について

2017.06.25.Sun.07:59
作曲家でハープ奏者の佐々木冬彦氏から新作のCDをいただきました。佐々木氏の奥様でヴァイオリニストの宮野陽子氏(東邦音大教授)は私の30年来の友人です。昨年、宮野氏のヴァイオリン・リサイタルのプログラムを佐々木氏が解説担当、私がデザイン担当というご縁があります。

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ハープというと、美女が流麗に弾く姿を思い浮かべる方が多いと思います。男性でハープを弾く方って、あまり多くありません。私が知る限り、かつて男性団員しかいなかった頃のウィーン・フィルのハープ奏者は男性でした。まずは先入観なしに解説を読まずに聴きはじめました。はじめて聴いた佐々木氏のハープの音色はいままで聴いた女性ハープ奏者の方々とは違って聴こえました。流麗というよりも、ひとつひとつの音を確かめるように弾いていて、「素形」の音によって時空を意識しながら奏でているという印象。それがよくでていたのが、1曲目のハープ独奏の「悲歌」 ( 2012)と5曲目のハープ、 箜篌、ヴィオラ、笙による「その橋は天へと続く」(2015)です。

「悲歌」 は、単音と短いフレーズから成る音楽。低い音も印象的。なぜか音そのものよりも、その余韻・余白が何かを訴えているかのよう。静かなそしてもの哀しいな響き。雅びな楽想。その時、歌人・佐佐木信綱が詠んだ「ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔のうえなるひとひらの雲」という短歌を思い出しました。塔の水煙にある飛天という天女たちは永遠の音楽を奏でていると言われています。なんともタイプトリップをしたような気持ちになりました。解説には、この曲は311大震災後に作られたとありました。余韻が印象に残ったのは津波で犠牲になった方々への声なき声だなのかもしれません。

「その橋は天へと続く」はハープ、 箜篌(くご)、ヴィオラ、笙で演奏される室内楽。箜篌というのは、古代ハープだそうです。佐々木氏が西洋のハープと古代ハープを弾くので、この曲は三重奏ということになります。ハープが歌い、ヴィオラがオブリガート的、笙が通奏低音的に重ね合わされた音楽。この音楽も時代を遡及するようなイメージ。西洋の楽器と日本の伝統的な楽器で風雅な響きを作っています。ふと、私はドビュッシーの「フルート、ヴィオラ、ハープのためのソナタ」に似た響きを発見しました。後日、CDのお礼を兼ねてこの話をメールに書いたら、ドビュッシーの作品ならびに同じ楽器構成の武満徹作曲「そして、それが風であると知った」も意識されたとお返事がありました。そしてフルートの代わりに笙をつかったそうです。解説には、2015年の琳派400年記念を記念して、一柳慧氏から依頼されて作曲したとありました。尾形光琳の「八橋図屏風」から触発されて、3つの楽器で金地、橋、燕子花を表現したともありました。解説書の裏に、光琳の絵画の一部があったのはそのためだったのですねw。

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私は佐々木氏のCDを聴きすすめながら、私が名古屋に勤務していた時に懇意にしていた画商から買ったベン・シャーンの「キタラを弾く男」というリトグラフのことも思い出しました。この男はおそらくヘブライ人でしょう。大きい作品なので仕舞いこんでしまい、最近出していません。下部に置かれたワインの瓶と比べてたらその大きさが想像がつくと思います。この画像はだいぶ前に撮ったもの。ベン・シャーンの線のような力強さが佐々木氏のハープからも感じられすね。シャーンの作品の特徴として「手」の表現が有名です。長い指が縦横無尽に弦を弾いています。この男性は虚ろな目で天を仰ぎながら竪琴をポロン・ポロンと弾いています。そこから立ち上がるメロディは、おそらくもの哀しいものじゃないでしょうか。実際、このCD全体には哀感があふれていました。実際に解説書には、311大震災以降、佐々木氏の音楽の本質が変わってしまったという意識、自分が視力を失ってしまいハープが弾けなくなるかもしれないという不安、病気との闘い、そういった葛藤の中で、これらの音楽をつくってきたことが記されていました。私が第一印象で持った哀感とは、まさにそれだったのだと気づきました。佐々木氏のご健康とますますのご活躍をお祈りしています。

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佐々木冬彦作曲集「愛について」
1「悲歌」 (for harp 2012)
2「光の道」 (for harp 2016)
3「哀歌」 (for violin and harp 2011)
4「愛について」 (for violin and harp 2014)
5「その橋は天へと続く」 (for sho, viola, harp and kugo 2015)

佐々木冬彦(ハープ 1-5 & 箜篌 5)
宮野陽子(ヴァイオリン 3-4)
市坪俊彦(ヴィオラ 5)
伊藤えり(笙 5)

サツキ・ピン子

2017.06.21.Wed.15:33
所用で雨天の中、外出していました。
ちょうど雨が小降りになった時、
わが家の墓地がある霊園近くを通りかかりました。
気が向いて、父が眠るお墓へ寄ってみる気になりました。
阿川佐和子著『強父論』を読んで、
その感想を書いたばかりだったからかもしれません。

わが家から霊園までは車で15分ぐらいの距離ですが、
私は年4回(盆・正月・春秋のお彼岸)しかお墓参りへ行きません。
6月に行くことは異例中の異例。
行ってビックリ、
わが家の墓地内のサツキが
ピンク色に染まっていてとてもキレイでした。
このお墓は30年ほど前、私が学生の時に設計したものですが、
サツキが好きだった父のために、植えるスペースを設けました。
しかし実際にサツキが咲いている様子を初めて見ました。
手入れなどしていないのに、
このように毎年、花が咲いているのかと思うと
なんとも申し訳ない気持ちになってきました。

あっ、タイトルを「サツキ・ピン子」としたのは
「五月みどり」を下敷きにしています。
サツキ・ピンクではひねりがないからですw。

読んだばかりの『強父論』には、
著者の父で作家の阿川弘之氏は
自分の息子や娘の名前は、他人様のお墓から拝借したそうです。
産院へ自転車で行く途中、通りかかった青山墓地で見かけて決めたと書かれていました。
しかし佐和子ではなく、麻子という案もあったらしい。
著者・佐和子氏が生まれた時、父親は麻雀をしていたからだそうです。

そういえば私が小学生の時
自分の名前の由来を作文にするという宿題がでたことがあります。
私は父に訊いても、「自分で想像して書きなさい」と教えてくれませんでした。
漢和辞典で「聡」という字の意味を調べながら、なんとか宿題を出しました。
今、思うと悔しいので「父がお墓から拝借してきた」ぐらい書いてやってもよかったかなw。
聡明になれたかどうかは分かりませんが、
「耳」を持つ字なので、おかげさまで音楽は好きになりました。

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阿川佐和子著『強父論』

2017.06.21.Wed.15:32
6/18日曜は「父の日」でした。
私の父は31年前に亡くなっているので、「父の日」のイベントはありません。
その日、たまたま近所の市立図書館に立ち寄った時、
阿川佐和子著『強父論』という本と目が合いました。
「父の日」に『強父論』とは…。
なんとも言えないめぐり合わせと思い、借りてきました。

著者の父親は作家の阿川弘之。
私が学生の頃、彼の著作『山本五十六』『米内光政』『井上成美』といった
海軍提督三部作を読んだことがありました。
私、阿川弘之氏が海軍に従軍していたことは知っていたので、
リベラルでスマートな印象の人かな…と勝手に想像していましたが、
『強父論』を読んで、大きな勘違いをしていたことに驚きました。

まず『強父』というのは、「恐怖」という意味も入っているのでしょう。
娘佐和子は、父弘之をリベラルでスマートどころか、
それとはまったく真逆の封建的で横暴で理不尽な父親として
おもしろおかしく描いていました。
星一徹を思い出します。
平成では絶対に通用しないであろう父親像ですね。
ひと昔の女性の辛抱強さには頭が下がります。

弘之氏は生前、
「もの書きの家族が『父は偉大でした』とか『夫は素晴らしかった』とか、
ああいうたぐいがいちばんみっともない」と語っていたそうですが、
娘はその父の本意通り、父親を讃える本としていませんが、
悪口を言う娘の文章からは、愛情が込められていていました。

目次は父・弘之氏の語録になっていて、
これだけ読んでもおもしろかったです。

「老人ホームに入れたら、自殺してやる!」
「結論から言え、結論から」
「今後いっさい、誕生日会は禁止する!」
「お前は俺にそっくりだ」
「まともな人間になりたければ、本を読め」
「知ったかぶりした文章を書くな」
「バターはケチケチ使うな」
「お前の名前はお墓から取った」
「俺は我慢するのをやめる!」などなど。

これらの語録を読みながら、
教師だった私の亡父も
「結論から言え、結論から」
「まともな人間になりたければ、本を読め」と似たようなことを
子供だった私によく言っていたことを思い出しました。

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