「未完成交響曲」の4楽章版

2017.04.18.Tue.22:23
私が偏愛するフランツ・シューベルトの交響曲は、
現在、演奏されるものとしては全部で8曲とされています。
私が持っている以下の5セットの交響曲全集もすべてそうなっています。
・ケルテス&ウィーンpo、
・サヴァリッシュ&SKドレスデン
・シュタイン&バンベルク響、
・グッドマン&ハノーヴァー・バンド、
・ブリュッヘン&18世紀オーケストラ

先日、なにかおもしろいCDないかなぁと思い、
アマゾンのサイトを眺めていたら
ネヴィル・マリナー指揮アカデミー管弦楽団の全集は
なんと10曲のシューベルトの交響曲などが収録されているという
ショッキングな内容であることが判明。
それが欠番になっている交響曲第7番・第10番。
加えて「未完成交響曲」が4楽章版になっている。
その他、交響的スケッチと断章がある。
これらはシューベルトが残した楽譜をもとに
イギリスの音楽学者ブライアン・ニューボールドが復元したそうです。
その時、ポチ病が再発。

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2週間ほど後、このCDボックスはオーストリアから送られてきました。
とりあえず一番好きな交響曲第8番ロ短調 D.759『未完成』を聴いてみました。
未完成交響曲は、私がプロのオーケストラではじめて聴いた交響曲です。
それは40年前(私は中1)の日立市民会館。
新日本フィルの特別演奏会(指揮は小澤征爾)。
なんて美しいメロディなんだろう…と大感激しました。

シューベルトの未完成交響曲の演奏は、こんにちでは2楽章です。
では4楽章版になるとどうなるのでしょうか?

第3楽章はシューベルトが中途半端に残した楽譜をもとにニューボールドが復元。
この曲の冒頭の数小節は、大昔の名画『未完成交響楽』で
一瞬だけ流れたのは記憶していました。
実際、ニューボールドが復元もそれと同じメロディでした。
映画の続きをみた感じですw。
ただ第3楽章全部を聴くと、舞曲のようでちょっと単調な感じ。

第4楽章は「ロザムンデ」の間奏曲が使われています。
この間奏曲は「未完成」の最終楽章として構想された説があるそうです。
知っている曲なので、ちょっと新鮮味がありませんでした。

従来の1・2楽章とあわせて通して聴くと、
やはり前2つの素晴らしすぎて、後の2つに音楽的内容がイマイチ。
全体としてみると、あたまデッカチになっている構成でバランスが悪い。
「未完成交響曲」は完全を求めて聴くよりも、
未完のトルソ的なものとして聴いたほうが良さそうですw。

ただこのCDは資料的な価値はあると思うので、
明日以降、未知の交響曲第7番と第10番を
ゆっくり聴きたいと思っています。
ちなみに収録されている曲目は以下の通りです。

シューベルト作曲
・交響曲第1番ニ長調 D.82
・交響曲第2番変ロ長調 D.125
・交響曲第3番ニ長調 D.200
・交響曲第4番ハ短調 D.417『悲劇的』
・交響曲第5番変ロ長調 D.589
・交響曲第6番ハ長調 D.589
・交響曲第7番ホ短調/ホ長調 D.729  (ニューボールド編)
・交響曲第8番ロ短調 D.759『未完成』4楽章版  (ニューボールド編とロザムンデ間奏曲)
・交響曲第9番ハ長調 D.944『グレート』
・交響曲第10番ニ長調 D.936A (ニューボールド編)
・交響的断章 ニ長調 D.708A   (ニューボールド編)
・交響的断章 ニ長調 D.615   (ニューボールド編)

アカデミー室内管弦楽団
ネヴィル・マリナー(指揮)
(録音時期:1981-84年)

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ヤノフスキが振る『神々の黄昏』その2|東京・春・音楽祭2017

2017.04.16.Sun.16:39
4/9付けの日記では、オペラ開演前の様子を記しました。今日はその内容について記します。ちょっとバタバタしていて、下書きを放置したままになっていました。
あまりオペラに関心がない方のために豆知識をちょっと書きます。ワーグナーが作曲した壮大な舞台祝祭劇『ニーベルングの指輪』は『ラインの黄金』『ワルキューレ』『ジークフリート』『神々の黄昏』という4つの楽劇から成ります。東京・春・音楽祭は4年計画を立て、一年にひとつを演奏会形式で上演してきました。ステージ上にオーケストラや歌手たちがのって演奏します。だからオペラを観たというより聴いたという感じですね。『神々の黄昏』は、英雄ジークフリートの死と世界の滅亡が描かれています。今回は『ニーベルングの指輪』の最終回。平日なのにほぼ満席。私は最終回の『黄昏』だけ、やっとチケットが取れて聴けました。

【演奏会前の降板劇が演奏に反映?】
今回の『神々の黄昏』は4/1と4/4の2回ありました。3月末に主催者の公式HPに、公演前のリハーサル中、主役のジークフリート役、ブリュンヒルデ役の歌手が体調不良に陥り、歌うことができず、出演者変更しますので悪しからず…という内容。これは非常事態です。実際に私が聴いた4/4は、ジークフリート役がロバート・ディーン・スミスに代わり、急遽来日したアーノルド・ベズイエンが務め、ブリュンヒルデ役は体調がなんとか回復したクリスティーネ・リポールがなんとか務めました。主演の交代劇は現場の関係者や演奏者に動揺が走ったことは容易に想像ができます。代役の歌手も十分に練習ができたのでしょうか?公演でも序幕から第1幕にかけて、N響はあまり鳴ってないなぁ…と思いましたが、そのような出来事が遠因になっていたのでしょうか?

【ヤノフスキのテンポ感】
指揮者マレク・ヤノフスキは、かなりはやいテンポで指揮をしていました。はじめはちょっと当惑しました。私の計測では以下の通り。括弧内は標準的な演奏時間の値です。
序幕+第1幕が約110分(120分)
第2幕が約60分(70分)、
第3幕が約75分。(80分)
近年、私が聴いた“はやい”と思った演奏はいつくか挙げられます。例えばパーヴォ・ヤルヴィ指揮&N響のマーラーの「復活」やアンドレア・バッティストーニ指揮&東フィルの「第九」など。彼らの早めのテンポ設定は、演奏に凝縮感や推進力が加わり、指揮者の意図が伝わってきました。一方で、ヤノフスキの“はやい感”はたんたんとした早歩き。。要所では多少の緩急があったものの、往年の名盤と言われている演奏とはだいぶ違った印象を持ちました。
前述した。緊急事態の時に指揮者の心理というのは、①どんな状況であっても自分のやりたい音楽を貫くのか? ②スクランブル状態にあわせて柔軟に対応するのか?どっちなのでしょう。演奏を聴いた印象では①30%②70%かな…。
ジークフリートという大役を急場でこなしたベズイエンは頑張ったとは思いますが、お世辞にも良かったとは言えません。声質が軽く声量もない。英雄ジークフリートとしては物足りませんでした。問題はあるものの、なんとか公演を完遂するために、ジークフリートの見せ場を快速気味のテンポで通り過ぎるようにしたのかな。悪くいうと粗を見せにくくする。好意的に言うと、全体的に早めのテンポでスマートでモダンな演奏を狙った。序幕や第1幕はあっさり気味で演奏を進め、英雄ジークフリートが悪役ハーゲンに殺され、その後のブリュンヒルデの自己犠牲のあたりからが出色の仕上がりで、そこがオペラの極点として設計した感じ。そこだけは、ワーグナーの音楽のコンセプトである「愛による救済」を凝縮したような演奏になっていました。

【今回の『黄昏』をサッカーのフォーメーションに喩えると】
今回の公演は、主役の英雄ジークフリートが不調の中、他の歌手の好演に助けられた印象があります。登場人物の人間関係を私が好きなサッカーに喩えるなら、2004~05年ごろのACミランの「アルベロ・ディ・ナターレ(クリスマス・ツリー)」と言われてた4-3-2-1という中盤を厚くしたポゼッション重視の構成感に似ています。1トップのFWよりも、中盤の5人の距離感や位置関係が重要なのです。特にレジスタとクラッキと呼ばれるポジションが重要な役目を担っています。

---------FW-------- ←不調のジークフリート
--------------------
------MF---- MF ---- ←ワルキューレの姉妹
--------------------
--- MF ---MF --MF ---←ギービヒ家の悪い人たち
--------------------
-DF---DF---DF----DF-←「ラインの黄金」関係者
---------------------
-------|GK|--------←N響

今回の出演者をこのフォーメーションを当てはめると、こんな感じかな。
FW:ひとりだけ不調なの英雄ジークフリート
攻撃的MF:ブリュンヒルデ、ヴァルトラウテ(ワルキューレ姉妹つながり)
守備的MF:ハーゲン、グンター、ゲートルーネ(ギービヒ家つながり)
DF:アルベリヒ、3人のラインの乙女(序夜「ラインの黄金」つながり)
GK:N響

ワルキューレの姉妹とギービヒ家の3人の5人の頑張りで、なんとか公演の急場を乗り切ったという感じと言えるのではないでしょうか。攻撃的中盤のレジスタは攻撃の核となるのでFWジークフリートと熱愛関係のブリュンヒルデとし、クラッキは守備的中盤の要であるだけでなく第2のFWとして攻撃参加するハーゲン。ブリュンヒルデ役のリボールは、体調が万全ではないようでしたが、最後の「自己犠牲」の場面ではなかなかの熱演をみせてくれました。少しキンキンした声質だったけれど往年の大歌手ビルギット・ニルソンにちょっと似てたかな?英雄を殺害するハーゲン役のアイン・アンガーは終始、重厚な声が朗々としていて素晴らしかった。今回の『黄昏』は悪の英雄ハーゲンが主役だったと言ってもよさそう。ディフェンス・リーダーのアルベリヒとクラッキのハーゲンは親子関係でもあるので、最終ラインの悪の枢軸関係が第2幕冒頭の二重唱でよく出ていた。

【序幕の「夜明け」のシーンで思ったこと】
序幕の「夜明け〜ジークフリートのラインへの旅」は私が好きな箇所ですが、管弦楽でも単独で演奏される佳曲。しかしヤノフスキはそこにはあまり思い入れがないかのおうに、スゥーと通り過ぎるような指揮。しかし「夜明け」に漂う薄い暗い雲のような響きがとても腑に落ちました。ジークフリートに起こる悲劇を暗示するものになっていたと思ったからです。そう思ったのは、3月の茨城国際音楽アカデミーinかさまで桐朋音大学長の梅津時比古氏の講演を聴いたことに起因します。シューベルトの歌曲を例にしながら梅津氏の日独の言葉のイメージの差異がある話を聴いたばかりでした。日本人は「夜明け」という言葉から新しいことがはじまる期待感を、一方でドイツ人は夜明けのひかりは薄暗いことから不吉や不安を感じるそうです。言葉の持つ意味やイメージのちがいが演奏に出ることを再認識した箇所になりました。

【オーケストラについて】
今回の私の席は、3回の右側バルコニー席。実際、ステージに向かって右側がよく見えませんでした。そのせいか低減の音があまり聴こえてこなかった。そのためか、全体的に重心が高く、重厚な響きがあまり感じられませんでした。別の言い方とするなら、室内楽的な響きとも言えるでしょうか。もっといい席で聴いたら印象が違っていたかもしれませんが…。ゲストコンサートマスターのライナー・キュッヒル(元ウィーン・フィル)は、まあまあオーケストラを統率しているように見えました。CDではなかなか聴こえてこなかったバス・クラリネットの音がよく効いていたのが発見でした。ホルン群も奮闘していたとは思います。

【歌手について】
前述しましたが、私が『黄昏』でもっとも注目するのは英雄ジークフリートとその敵役のハーゲンです。英雄と悪役の対決は、ハーゲン役を歌った巨漢のアイン・アンガーの完全勝利。重厚で圧倒的な声量と存在感でした。ジークフリート役のベズイエンはリリック気味の声質。急な代役だったことを差し引いても、英雄ジークフリートにふさわしい声とは思えなかったです。ちなみに私は重めの声のテノールが好き。昨年の『ジークフリート』でタイトルロールを歌ったアンドレアス・シャーガが代役で来てくれたらよかったのに…。

【映像と字幕】
本公演は演奏会形式でした。だから基本的にはオペラを聴く…というものですが、ステージ奥にスクリーンが設置され、そこには演奏内容に関連したCGによる風景が映し出されていました。ローゲの火で覆われた岩山の景観など、なかなかよく出来ていました。場面の情景を想像する一助になります。音楽が第一になることをふまえたもので、あまり主張しない良識的な映像になっていたのも良かったです。一方で、字幕の文章が難解で読みにくかった。読めない漢字、一般的ではない文語的な言葉遣いがありました。映画の字幕の方がずっと分かりやすいと思いました。

【その他】。
来年の東京春祭は、フローリアン・フォークトがタイトルロールを歌う『ローエングリン』らしい。これは聴きたい!それとホワイエでは、ワーグナー指揮者の飯守泰次郎氏と小泉純一郎氏に似た方を遠目で見かけたけれど、本人だろうか?小泉氏は新国の『さまよえるオランダ人』でも見かけたことがあります。オペラが好きであることは公言していたから、元首相が私人として来ていてもおかしくないですよね。

■ワーグナー作曲 舞台祝祭劇「ニーベルングの指環」第3日『神々の黄昏』
■2017.4.1火曜15:00開演@東京文化会館 大ホール
■出演

指揮:マレク・ヤノフスキ
NHK交響楽団(ゲストコンサートマスター:ライナー・キュッヒル)
合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:トーマス・ラング、宮松重紀

ジークフリート:アーノルド・ベズイエン
グンター:マルクス・アイヒェ
ハーゲン:アイン・アンガー
アルベリヒ:トマス・コニエチュニー
ブリュンヒルデ:クリスティーネ・リボール
グートルーネ:レジーネ・ハングラー
ヴァルトラウテ:エリーザベト・クールマン
第1のノルン:金子美香
第2のノルン: 秋本悠希
第3のノルン:藤谷佳奈枝
ヴォークリンデ:小川里美
ヴェルグンデ:秋本悠希
フロースヒルデ:金子美香

ヤノフスキが振る『神々の黄昏』その1|東京・春・音楽祭2017

2017.04.09.Sun.11:23
先週(4/4)の火曜日、上野の東京文化会館で、名匠マレク・ヤノフスキ指揮によるワーグナーの楽劇『神々の黄昏』を聴いてきました。上野公園の桜は9分咲きぐらでしょうか。上野駅の公園口は、花見の行楽客にオペラの入場者が加わったため、星の数ほどのヒトとサクラ。

開演1時間前にバイロイト音楽祭のように、ファンファーレ演奏があると聴いていたので、14時前に上野へ到着。すると演奏者が立つと思われるバルコニー前にはすでに人が集まっていました。ワグネリアンと覚しき男性たちの会話に耳を立てると「初日はジークフリート役がイマイチでしたねぇ」「代役だから仕方がないよね」「テンポが早かったね」など、いろいろ事前情報をキャッチできました。初日の感想がネットで飛び交っていたものとほぼ合致したものでした。

14時ちょうどに、ファンファーレがはじまりました。私は手持ちで動画も撮りました。『神々の黄昏』に出てくるジークフリートやブリュンヒルデのライトモチーフを基にした編曲でした。ブラスの皆さん、ちょっと練習不足かな…と思いながらも、ワーグナーの音楽にのせられて高揚感が湧いてきます。

https://www.youtube.com/watch?v=z7JPVwud-0c



ブラス・アンサンブルが引き、右をみると、ちょうど西洋美術館の正面。テオドール・シャセリオー展の開催を知らせる大きなパネル。そこには「ガバリュス嬢の肖像」。この美女のイメージは、『神々の黄昏』の役柄に相当するのは、主役のひとりブリュンヒルデというよりも、準主役級のグートルーネかな。その絵画の表情は、元ワルキューレ軍団のブリュンヒルデの屈強なアマゾネス的なイメージではなく、清楚で深窓の令嬢的なのでゲートルーネかなと考えますw。ワーグナーの愛人だったマルティデ・ヴィーゼンドンクとガバリュス嬢は容姿や雰囲気が似ているかも。そういうことを考えると、ヴィーゼンドンクと付き合っていたころに作曲した『トリスタンとイゾルデ』で、主人公たちが飲んだ媚薬と、ゲートルーネがジークフリートに飲ませる薬酒が重なってみえてきます。ワーグナーは物語を展開させるために、媚薬や薬薬や聖杯など「飛び道具」を使うのが好きですよね。

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開演まであと1時間。私がすぐに入場せずに、上野公園の方まで歩いてみました。上野公園の春爛漫の中、オペラ開演前の高めのテンションは、なんとも言えぬものがあります。

(続 く)

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第13回茨城国際音楽アカデミーinかさま

2017.03.31.Fri.12:56
毎年、3月末に笠間市で行われている
「茨城国際音楽アカデミーinかさま(旧称クールシュベール国際音楽アカデミーinかさま)」を
私は楽しみにしています。
受講生の巾は中高〜音大と広く、また彼らの演奏レベルは高く、
受講生の中には国内外の有名コンクールの上位入賞者も多く、
すでにプロデビューしている方もいます。

今年は3つのコンサートと1時間ほど公開レッスンを聴いてきました。

3/24夜は、笠間日動美術館における「ミュージアム・コンサート」。
3人のヴァイオリニストだけによる演奏。
出演者は小川恭子、土岐祐奈、飛田和華。
彼女たちもこのアカデミーの受講者でした。
プログラムもシブイ。

プロコフィエフ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ ニ長調 Op. 115(飛田和華)
イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第3番 ニ短調 Op.27-3「バラード」(土岐祐奈)
パガニーニ:カプリス第24番(土岐祐奈)
J.S.バッハ : シャコンヌ(小川恭子)
プロコフィエフ:2つのヴァイオリンのためのソナタ ハ長調 Op.56(土岐祐奈・飛田和華)

個人的には土岐さんが弾いたイザイが良かったです。
プロコフィエフのヴァイオリン曲もなかなか楽しめました。

3/26午後は、講師でもあるジャン=クロード・ペヌティエの ピアノ・リサイタル。
前半はモーツァルト・シューベルトのドイツの音楽、
後半はドビュッシー、ラベルらのフランスの音楽が演奏されました。

3/28は「ステューデント・コンサート」。
これは音楽アカデミーの受講生の中から選抜された方による演奏会。
実はこの演奏会がいちばんおもしろいです。
出演者はヴァイオリン10人、ピアノ9人。
休憩入れて3時間ほど掛かりますが、楽しめました。
個人的に気に入った演奏は以下の通り。

・谷昴昇|ショパン:スケルツォ#3。雄弁で強度がある演奏。音楽的体幹がよい。
・井上莉那|ベートーヴェン・ソナタ#30第1・2楽章。表情が豊かな演奏で魅了された。
・樋口一朗|リスト:ファウストのワルツ。圧倒的なテク。ロシアっぽい響き。
・河井勇人|ヴィエニアフスキ:スケルツォ・タランテラ。中3ぐらいなのに大物感漂う弾き方w。
・服部百音|ツィガーヌ。もうほとんどプロのレベル。すこし遊びが欲しい。
・土岐裕奈|サララーテ:バスク奇想曲。とても美しい音と表現力。技術も確か。

人生4度目のバレエ鑑賞|ベートーヴェン・ソナタ@新国立

2017.03.29.Wed.19:30
10日程前(3/19)、東京・新国立劇場で「ベートーヴェン・ソナタ」という創作バレエをみてきました。ちょっとバタバタしていてなかなか感想が書けませんでしたが、記憶が飛ぶ前になんとか書きたいと思います。この公演は、私にとって人生4回目のバレエ鑑賞です。サッカー観戦やクラシック音楽のコンサートは数えられないくらい行っていますが、滅多にバレエへ行かないので、回数だけはきちっと数えられますw。人生3回目のバレエは昨年末のプロコフィエフ作曲の「シンデレラ」でした。この公演の入場時にもらったチラシの中に、今回みた「ベートーヴェン・ソナタ」がありました。バレエ公演には消極的な私ですが、この公演には強い興味を持ちました。なぜならベートーヴェンの音楽は大好きで、かつ彼の音楽がバレエ化する姿がまったく想像できなかったからです。

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■新国立劇場バレエ団公演「ベートーヴェン・ソナタ」全2幕
■2017年3月19日・日曜14:00@新国立劇場中劇場
音楽:ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン
振付:中村恩恵
音楽監修:野澤美香
美術:瀬山葉子
照明:足立 恒
衣装:山田いずみ
舞台監督:森岡 肇

【キャスト】
ベートーヴェン|福岡雄大
カール|井澤 駿
ヨハンナ|本島美和
ジュリエッタ|米沢 唯
アントニエ|小野絢子
ルードヴィヒ|首藤康之


キャストをみると、「シンデレラ」公演に出演していた方が2人(福岡・小野)の名前がありました。配役名をみると、ベートーヴェンの生涯における重要人物の名前ばかりなので、公演を見る前から、内容がベートーヴェンの苦悩と悲恋であることがだいたい予想が付きます。注目すべきなのは、ベートーヴェン役とルードヴィッヒ役とあるので、ひとりの人間を2人のダンサーが演じるということでしょうか。そして私が最も注目したのは、ベートーヴェンのどんな楽曲が使われるかということです。当日、もらったプログラムにあったのは次の楽曲。

プロローグの時に、モーツァルト作曲の「レクイエム」(ピアノ版)
その後はすべて ベートーヴェンの音楽。(音楽はすべて録音が使われました。)
(第一幕)
ヴァイオリンソナタ第5番へ長調Op.24「春」より第1楽章
ピアノソナタ第14番嬰ハ短調Op.27-2 幻想曲風ソナタ「月光」より第1楽章
エグモント序曲Op.84
弦楽四重奏曲第9番ハ長調Op.59-3「ラズモフスキー第3番」より第2楽章
弦楽四重奏曲第7番へ長調Op.59-1「ラズモフスキー第1番」より第3楽章
ピアノソナタ第25番ト長調Op.79より第2楽章
(第二幕)
交響曲第7番イ長調Op.92より第2楽章
弦楽四重奏曲第15番イ短調Op.132より第5楽章
ピアノソナタ第31番変イ長調Op.110より第3楽章
交響曲第9番ニ短調Op.125より第4楽章
弦楽四重奏曲第15番イ短調Op.132より第3楽章

私は「ベートーヴェン・ソナタ」というタイトルから、ピアノ・ソナタのみが使われるものだと勘違いしていました。しかし楽曲リストをみて、ソナタは「ソナタ形式」のイメージであると考え直しました。ソナタ形式とは、提示部→展開部→再現部→終結部という音楽的な構成のこと。その音楽的な流れをベートーヴェンの生涯に当てはめながら創作されたものにちがいない。実際、公演内容もその通りになっていたような気がします。

【演出について】
この公演はコンテンポラリー系の創作バレエなので、ダンサーの個々の踊りだけでなく、振り付け・照明・美術・衣装など総合的に見る方がより楽しめるかなと思っていました。実際、私の席は中劇場の2回の中央だったため、上方から俯瞰するようにステージを見ることができました。とてもシンプルな舞台美術でした。しかしステージの使い方が前後半、対照的。前半は前方のステージを使っていました。背景には白い大きな布がヨットの帆のように三角状のスクリーンが掛けられていて、空いているところは後方のステージとつながっていています。このスクリーンがとても効果的に使われていました。それは「影」を見せる手法。スクリーンの前後から照明を当てて、実体ではなく影を踊らせる効果。非実体の影は拡大されるので、動きも劇的にみえます。一方で後半は、三角形状のスクリーンと取り去り、後方を含めてスクリーンは倍以上に広がりました。ステージは全体的に黒のトーン。無限遠方と最前線の距離感がとても長く感じられた。以下、これは私の想像ですが、ステージ最前線で椅子に座って苦悩や絶望を演技していたルードヴィヒ(首藤)は「今」、最後方で舞踏するベートーヴェンの関係者は「過去」の記憶という距離感だったのではないか…と。まさに時間と空間、光と影、白と黒という対立軸を設定した演出をねらったのでしょう。

【振り付けと出演者について】
もっとも印象に残ったルードヴィヒ役の首藤康之でした。ダンサーというよりも舞台俳優のようでした。台詞もあったし、存在感も際立っていた。踊るというよりも、椅子の座って最小限の動きの中でベートーヴェンの苦悩や葛藤を演じていました。しかしベートーヴェンの2面性を首藤と福岡雄大の2人で演じ分けるというのは、作品そのものをちょっと分かりにくくしている感じがしました。女性陣では、ヨハンナ役の本島美和が妖艶で大胆な踊りにビックリ。それとベートーヴェンの「不滅の恋人」と考えられているアントニエ・ブレンターノ役の小野絢子はシンデレラ役の時と同様、清楚で優雅な踊りでした。
全体的な振り付けの件。中村恩恵さんの振り付け、なかなかおもしろかった。私が2002年フランス外遊中にリヨンでみたイリ・キリアン演出のストラヴィンスキーの「詩篇交響曲」の公演と似た動きが多々あったような気がします。(気の所為?)たとえば、最小限のシャープな動きとアクセント感、身体の伸び縮みみたいなところ。私はどちらかというと古典系バレエよりもコンテンポラリー系の方が好きなので、人間の身体表現の可能性を追求する不思議な動きに魅了されました。

【音楽とダンスの調和】
ベートーヴェンの音楽は、短い音型をさまざまに展開、変奏していく作曲手法でてきていますが、意外にバレエのリズムや流れが合うのが面白かったですね。「スプリング・ソナタ」のような流麗なメロディは言うまでもないですが、ベト7第2楽章の葬送風のタータタ・タータタという単純なリズム、弦楽四重奏の歯切れがよいフレーズなど。この公演では音楽は録音が利用されていましたが、一部、ピアノや弦楽四重奏団をステージにおいて、ライブ演奏があったらよりライブな感じが出たと思いました。

【ツッコミどころ】
交響曲第7番イ長調Op.92の第2楽章は葬送行進曲的な音楽です。この時、男性ダンサーたちの衣装は、下半身が人骨を思わせるデザインになっていました。やり過ぎじゃないか…ちょっと笑う。音楽だけで、「死」のイメージは十分に伝わります。

【ホールの雰囲気】
チケットは完売でほぼ満席でした。周りはやはり圧倒的に女性が多かったです。大劇場よりも中劇場の方が、ステージと客席の一体感が感じられて、私は好きですね。

【最後に】
振り付けの工夫が感じられるコンテ系の公演なら、またバレエを見に行ってもよいと思いました。しかし入場時にもらったチラシのほとんどは古典系のものが多数。私の人生5回目のバレエ鑑賞はいつになるでしょう?