紀尾井ホール室内管弦楽団|第109回定期演奏会

2017.11.30.Thu.12:55
ひさびさの日記ですw。

先週金曜の夜、東京の紀尾井ホールで紀尾井ホール室内管弦楽団第109回定期演奏会を聴いてきました。指揮はサッシャ・ゲッツェル。彼はウィーン子。ウィーン・フィルのヴァイオリン奏者から指揮者へ転身した方だそうです。

この日の定期は半年前から楽しみにしていました。訪問先の都合と音楽会の日がうまく合致してくれたので、効率的な東京出張となりました。しかしちょっとお疲れモードだったので、演奏がつまらなかったら沈没してしまうかも…と心配していましたが、それは杞憂に終わりました。良い演奏でした。当日の演目は以下の通りです。

■紀尾井ホール室内管弦楽団|第109定期演奏会
■2017.11.24(金)19時~ @紀尾井ホール
指揮:サッシャ・ゲッツェル
チェロ独奏:アントニオ・メネセス

・メンデルスゾーン:序曲「フィンガルの洞窟(ヘブリディーズ諸島)」op26
・シューマン:チェロ協奏曲イ短調op.129
(独奏者アンコール)バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番BWV1007~サラバンド
【休 憩】
・シューマン:交響曲第2番ハ長調Op.61

紀尾井ホール室内管弦楽団(KCO)は、昨年1年ほど定期演奏会をお休みして、楽団名を紀尾井シンフォニエッタから現名称に変更。この春からリスタートをしました。その最初の定期を聴いて「音が変わった!」という良い意味でのサプライズがあり、その半年後、シューマンの管弦楽曲をどう聴かせてくれるか楽しみにしていました。私はシューマンのピアノ曲や声楽曲はCDをよく聴いているのですが、管弦楽曲は好んで聴く方ではありません。メロディ・ラインはキレイだけど、響きが厚ぼったいので敬遠しがちでした。

この日、聴いたなかでは最後に演奏された交響曲第2番の出来は秀逸でした。なぜか響きがクリアでアンサンブルも明晰。KCOは一般的なオーケストラよりも編成が小さいため、シューマン独特の響きの重さが消えたのかも…と考えました。そのためか私が好きな第3楽章は、メロディラインがハーモニーの中に埋没せずキレイに流れていきました。それと響きの厚ぼったさに原因でもあるユニゾンも控えめだったようでした。シューマン独特の符点のリズムにもキレがあって、それが全体の推進力の要因にもなっていていました。また木管群(特にクラリネットやオーボエ)が好調で、全体の良いスパイスになっていました。ちょっと気になったのはテンポの緩急につけ方が恣意的だったことでしょうか。

2曲目に演奏されたチェロ協奏曲も同等のことが言えると思います。チェロ独奏のメネセスの音色はバリトンのような朗々としたものではなく、ややテノール気味で明るくカラットとした音色。全体的にさびしさを帯びた曲が、前向きで肯定的なニュアンスがありました。メネセスはソリスト・アンコールでバッハのサラバンドを弾きましたが、この時は朗々とした音色。彼は音色を弾き分けていたことが明らかです。

冒頭に演奏された「フィンガルの洞窟」は、“音の風景画家”と呼ぶにふさわしいメンデルスゾーンらしさが顕れていました。この印象があったからでしょうか、シューマンの交響曲第2番からも「風景のようなもの」が見え隠れしているように感じられました。第1楽章の調性が感じられない不気味な響きの中で、トランペットの哀しげなファンファーレ。これは夜明けのイメージでした。ドイツでは夜明けの光は不吉で不安なものという認識があると、昔、梅津時比古氏の講演会で聞いたことがあります。一方で第4楽章は、カラッとした青い空と壮大な夕日の風景が見えました。メンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」の冒頭との類似性を指摘されている方もいるようですね。

指揮者ゲッツェルの音楽づくりは、情感よりも造形感に軸足が乗った感じがしました。若さゆえなのか?表現はどちらかというとストレートです。年齢を重ねると、もっと味わいが出てきそうな指揮者だと思いました。
それでも、きわめて満足できた音楽会でした。
スポンサーサイト
コメント

管理者にだけ表示を許可する