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松田華音|ピアノリサイタル @東京オペラシティ

2017.11.07.Tue.11:30
10月30日、所用で上京した日の夜、東京オペラシティで松田華音さんのピアノ・リサイタルを聴いてきました。東京から日立へ帰宅してから、とりあえずファースト・インプレッションとして以下のようにツィートしました。

「松田華音ピアノ・リサイタル@オペラシティ。組曲「展覧会の絵」が幻想曲のように聴こえてきた。随所に現れるプロムナードはライトモチーフ的。ロシアの地平や原野が透けてみえた。彼女の演奏には言葉があった。ピアノの箱を豊かに響かせる強奏、隅々まで行き渡る弱音、まさにロシアピアニズム。」

リサイタルから1週間、ちょっとバタバタしていましたが改めて感想を記します。
ちなみにプログラムは以下のようなものでした。

■松田華音|ピアノ・リサイタル
■2017年10月30日(月)19時
@東京オペラシティ・コンサートホール

♪チャイコフスキー(リスト編):ポロネーズ~「エフゲニー・オネーギン」
♪プロコフィエフ:「ロメオとジュリエット」より10の小品Op.75
【休憩】
♪ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」
【アンコール】
♪ムソルグスキー:古典様式による間奏曲
♪パッヘルベル/藤満健:カノン

私ごとですが、ロシア・ピアニズムへの関心が最近かなり高くなっています。もともと旧ソ連時代の代表的ピアニスト、リヒテルやギレリスは大好きでしたが、ロシア・ピアニズムという大きな括りで考えたことはありませんでした。昨年、mixiでお世話になっている音楽通の方から教えていただいたピアニスト・原田英代が著した『ロシア・ピアニズムの贈り物』(みすず書房)を読んでから、ロシア楽派の独特の響き、語るような音楽にじっくりと耳を傾けるようになりました。その奥深さに惹かれ、ロシア系のピアニストのリサイタルへ足を運ぶことが増えました。ちなみに最近、聴いたのはエリソ・ヴィルサラーゼ、イリーナ・メジューエワ(2回)、前述した本の著者で名教師メルジャーノフに師事した原田英代。そして今回は6歳からロシアへ留学していた松田華音さんとなりました。

最初の演目、エフゲニー・オネーギンのポロネーズの冒頭ファンファーレを聴いた瞬間、ああロシアの音だ…と思いました。濁りのない壮麗で豊饒な強奏は鍵盤を叩くというよりも、ピアノを木の箱として鳴らしているという感じ。と同時に、キレのあるポロネーズのリズムをチラ見してもらうことで、「ショパンのポロネーズも上手に弾けますよ」という彼女からのメッセージが付いていたかのようでしたw。

一方で、プロコの「ロミ・ジュリ」は金属的な強奏と、官能的な弱奏が印象的でした。私は松田さんの背面上部の2階バルコニー席で聴いていましたが、とても軽いタッチなのに大きな音がよく響いていましたし、弱音はホールの隅々まで行きわたっていましたね。左手のバスは沈むような深い音、右手は宙を舞うような伸びやかさ。そして彼女の背中がバックリと開いた青のドレスから見えたのは、引き締まった背中の筋肉。重量奏法を弾いていることは明らか。

「展覧会の絵」の冒頭のプロムナードのところ、ロシアの民謡風の素朴なメロディの抑揚と韻律が心に残りました。最初の3小節は独唱、次の3小節はアンサンブル、次の3小節は合唱へとメロディが引き継がれているような弾き方から祈りに近い「言葉」が聴こえました。まさに音符から意味を見出し、それを言葉に置換して弾かれているかのよう…。この曲が生まれたきっかけは、ムソルグスキーの親友だった建築家の遺作展でみた様々な絵画の印象だったので、“組曲”とされていますが、私は人の心の動きを映し出したような“幻想曲”のように感じられました。曲中、何度も繰り返し出て来るプロムナードのフレーズはワーグナーのオペラに見られるライトモチーフのようでした。ムソルグスキーの魂の幽体離脱?おそらく松田さんなりの文学的なイメージが「展覧会の絵」に重ねられていたのはまちがいないでしょう。私はロシアの凍土とその地平のイメージが通奏低音のように流れていたように感じました。

それとプログラムに意図を感じました。前半の2演目の原曲はオーケストラのためのものです。「エフゲニー・オネーギン」はチャイコフスキーの代表的なオペラだし、「ロミ・ジュリ」も有名なバレエ曲です。漫画「のだめカンタービレ」が映像化された時に指揮者シュトレーゼマンのライトモチーフのように使われていました。一方で後半の「展覧会の絵」はピアノが原曲であるにも関わらず、ラヴェル編のオーケストラ版の方が有名になってしまっています。
これは私の推察ですが、松田さんはオーケストラでお馴染みの曲をピアノで演奏することで、ピアノの可能性や多様性を感じ取ってもらいたいという意図があったのではないかと…。私はそのことは十分に成功していたと思います。ピアノでオーケストラを演じていました。
もうひとつ、3曲通じて感じたことは、通奏低音のように「鐘」のような音がゴーン・ゴーンと響いていたような気がしたこと。楽譜にはない音なので不思議でした。これはちょっと謎ですが、私が想像するにはいわゆる「オーバートーン」のようなものでしょうね。

アンコールの2曲目は、パッヘルベルの有名な「カノン」をリスト風に超絶技巧に編曲したものでした。重たい曲をずっと聴いてきたので、シャーベットのような涼しいな軽めの曲を耳が欲していたのですが、濃厚な生クリームが利いた曲をもってきました。「華音」という音楽をすることを運命づけられたお名前にかけた「カノン」が彼女の名刺代わりなのでしょうか。

もし次に松田さんの演奏を聴く機会があるなら、ハイドンやモーツァルトを聴いてみたいと思いました。ロシア音楽のような感情が詰まった音楽ではなく、それらよりもずっと素形の音楽です。楽譜から何を読み取り、どう言葉にしてくれるのか?

私は松田さんの演奏から、ロシア・ピアニズムを根とした「大樹」が伸びつつある印象を持ちました。彼女はロシアの奏法を十分に体現できる力を持ち合わせていると感じました。次のステージは、さらなる音楽の高みへのアプローチでしょうね。それに必要なのは人生経験とさらなる研鑽でしょうか。まだ二十歳そこそこですからね。期待しています。

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