超芸術トマソン的な「純粋ドア」

2017.06.14.Wed.23:27
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私が建築学科の学生だったころ、
超トマソン芸術という概念が話題になったことがあります。
wikiでは、超トマソン芸術を
「不動産に付属し、
まるで展示するかのように美しく保存されている無用の長物。
存在がまるで芸術のようでありながら、
その役にたたなさ・非実用において
芸術よりももっと芸術らしいもの。
かつては役に立っていたものもあるし、
そもそも作った意図が分からないものもある。
超芸術を超芸術だと思って作る者はなく、
ただ鑑賞する者だけが存在する。」と説明しています。

先々週、東京へ出張した時のこと。
私が乗った東京行きの高速バスが
向島から一般道へ降りて信号待ちをしていた時、
車窓にトマソン芸術的なドアを発見しました。

歩道から1.5mぐらいのところに
取り残されたようについているドア。
人間サマが出入りすることを拒否しているかのよう…w。
機能を失っているので、私はそれを「純粋ドア」と呼びたい。
おそらく前面道路の拡幅で、こんな状態になったのでしょうね。

私、慌ててガラケーのカメラで撮ったのですが、
色合いがどことなく昭和的になっていました。
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