横浜で聴いたパーヴォ・ヤルヴィが振ったマラ6

2017.03.04.Sat.17:53
2/23木曜、横浜へ日帰りで行ってました。横浜在住の友人と中華街でランチを楽しんだ後、午後3時からみなとみらいホールへ向かいました。その音楽会とは「N響横浜スペシャル」と銘打ったもの。パーヴォ・ヤルヴィが武満徹の「弦楽のためのレクイエム(弦レク)」とマーラーの交響曲第6番「悲劇的」マラ6)を指揮するものです。

私、マーラーの交響曲では3番、6番、9番という3の倍数の番号がなぜか好きなのは、マーラーの気持ちのようなものが音楽になって特によく表現されているような気がするからです。昨秋、そのヤルヴィが振った3番のチケットが完売で聴き逃してしまいましたので、6番はぜひ聴きたいと思い、はるばる横浜へ駆けつけました。私が聴くヤルヴィ&N響のマーラーは2番、8番でこの日が3回目です。

この演奏会は、弦レクとマラ6が休憩なしで続けて演奏されることが告知されていました。だから全部で100分間に5楽章の音楽を聴く感じでしょうか。ヤルヴィがこのような構成にする意図が何なのか聴き取ることがこの音楽会のポイントじゃないかと思いました。

実演に接してみた印象ですが、弦レクは、静謐で空間を浄化するなような美しい響きの音楽になっていました。音楽がマラ6の前奏曲であるかのように終わると、それに続くマラ6の冒頭は、シュスタコーヴィチを思わせる軍隊の行進を思わせる符点のリズムが激しい決然とした音楽として進んでいきました。このプログラムは「何者かの死と戦い」なのでしょうか?2楽章までは、ヤルヴィ独特の引き締まった緊張が持続した演奏でした。まさにリアリズム。その中にあって私は第3楽章が印象に残りました。マラ6の中にあってもっとも穏やかなで牧歌的な楽章というだけでなく、何かエネルギーのようなものを蓄えているような演奏でした。この楽章が変ホ長調で書かれていたこともちょっと気になっていましたが、第4楽章になってハ短調になった瞬間、私はベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」と第5番「運命」の平行調の関係を思い返した時、ミケランジェロのダヴィデ像のような屹立した造形がみえた気がしました。マラ6は「悲劇的」と冠されていますが、弦レクを組み合わされることで、「ある英雄の生と死」のようなものをヤルヴィが音楽で描き出したかったのではないかと…。ヤルヴィが演奏するマーラーは、バーンスタインやテンシュテットに見られるような感情や陶酔感を付け加えるような「足し算」のような演奏ではなく、石を掘り出しながら引き締まったものを造形していく「引き算」のイメージを感じました。

もうひとつ注目していたのは第4楽章で、例のハンマーがどのように振り下ろされるかです。版によってちがいはあるようですが、打ち下ろされた回数は2回。打楽器奏者がハンマーを構えた瞬間、息を呑みました。その瞬間、心臓が止まってしまいそうなドキドキ感があるのは毎度のことですw。

マーラー特有の感情のうねりや陶酔感を求めた人にとっては苦手な演奏だったのかもしれませんが、私は弦レクとマラ6を併せた全体をにらみながらの映画のような全体構成を楽しむことができました。演奏が終わったら、滅多にステージにのることがないハンマーの写真を記念に撮ってきました。木箱にはハンマーの跡がいくつも残っていました。

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