イーヴォ・ポゴレリッチの毒気と孤独

2016.12.18.Sun.18:38
12/17土曜、水戸芸術館でイーヴォ・ポゴレリッチのピアノ・リサイタルを聴いてきました。

1980年ショパン・ピアノコンクールにおけるポゴレリッチの落選に怒ったマルタ・アルゲリッチが「だって彼は天才よ!」と言って審査員を辞任した事件以降、何かと話題にこと欠かないポゴレリッチですが、彼の実演を聴くのは私にとって初めてでした。正直言うと、彼の普通とは言えない演奏に毒気を抜かれた思いでした。尋常ではないテンポの緩急、叩きつけるような強奏、全体的には暗いトーンの響き。もう一度、彼の演奏を聴きたいか?と問われたら、“YES”とは言いづらいです。

開演は16時。いつもはギリギリで席に滑りこむ私ですが、その日は30分前に着席しました。なぜならポゴレリッチが開演前にピアノを弾いているという噂を実際に確認したかったからです。それは本当でした。ニット帽をかぶったポゴレリッチは普段着でピアノをとても小さい音でポロンポロンと弾いていました。現代音楽のような抽象的な響きでしたが、音がたいへんに澄んでいてキレイ。何かを確かめるように弾いていました。まるで儀式のよう。私は思わず聴き入ってしまいました。私の真後ろの妙齢の女性は、彼が調律師か何かと思ったらしく席でおしゃべりをしていたので、私、「ポゴレリッチがせっかくピアノを弾いているのだから、開演前だけど、ちょっと静かにしてもらえないか?」と言ってしまいました。開演15分ぐらい前になると、彼は袖に入っていきました。その日の演目は以下の通り。

♪ショパン : バラード第2番ヘ長調作品38
♪ショパン : スケルツォ第3番嬰ハ短調作品39
♪シューマン : ウィーンの謝肉祭の道化作品26
※ ※ ※ ※ ※
♪モーツァルト : 幻想曲ハ短調K.475
♪ラフマニノフ : ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調作品36(1931年改訂版)

前半はショパンの2曲は、一般的な演奏と比べるとかなり遅め。しかしただゆっくり弾いているというのではなく、音と音の間に空間をつくっている印象を持ちました。その理由はよく分かりません。ハッと思ったのは、時おり響くリストのロ短調ソナタのような地獄の轟音のような重量級の低音と天使の囁きのようなキラキラした響き。全体的な印象としては真っ当な演奏でした。しかしその次のシューマンは、演奏というよりもパフォーマンスのようでした。叩けつけるような強奏。大音量がガンガン音が鳴っていて頭が痛くなりましたよ。まさかシューマンの狂気を表現したのでしょうか?(苦笑)私の席からポゴレリッチの指は見えませんでしたが、知人の話によると指を90度に折り曲げて鍵盤を鷲掴みするように弾いていたそうです。開演前にあんなキレイな響きを出していた人の音とは思えませんでした。意図をもって弾いたとしか思いえませんが、理由は分からなかった。休憩に入ると場内は、どことなく騒然とした雰囲気でした。
後半はモーツァルトとラフマニノフの短調の曲。幻想曲ハ短調は、ラフマニノフのソナタの前奏のように弾かれました。モーツァルトの幻想曲はシンプルですが深い音楽。転調して長調になるとポゴレリッチはスカルラッティのような音の跳躍を響かせいました。音と音の間には天井の空が見えたかも…w。しかし全体的にはベートーヴェンのように激情的なものでした。それに続くラフマニノフのソナタは音の洪水のような音楽。ホロヴィッツが弾くような怒涛の急流のようなものではなく、大河のような悠然とした演奏であったことが意外でした。

そしてアンコールは、シベリウスの「悲しきワルツop44」。
管弦楽曲としては有名ですが、ピアノ独奏で聴くのははじめてです。私、大好きな曲です。しみじみとゆっくり弾かれました。それはまるで献奏のよう。この曲を最後に弾くために。前の5曲が用意されていたようにも感じられました。

1日経って、昨日聴いたポゴレリッチの演奏は何だったのかもう一度、考えてみました。確かに誰とも違うパフォーマンスでした。ひとことで言えば、毒気がある音楽。しかし現場でみた彼の姿から、面白半分で奇をてらった演奏をしているようには見えませんでした。、なんらかの根拠なり真実があることは間違いない。それが何か?は神のみぞ知るところですが、私なりに彼の心境を推し量ってみるなら、あのような自意識が強い演奏とするということは、ポゴレリッチ自身、今、とても孤独感を感じているのではないかと思いました。彼はこれから何処へ行くのでしょうね。

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