イザベル・ファウストとクリスチャン・ベザイデンホウトの「三本の線」

2016.10.13.Thu.10:22
タイトルに「三本の線」と書きましたが、
某首相が言う「三本の矢」とは全く関係がありません。

さる日曜日(10/9)、水戸芸術家でイザベル・ファウスト(ヴァイオリン)とクリスティアン・ベザイデンホウト(チェンバロ)のデュオ・リサイタルを聴いてきました。このリサイタルは先約の業務の時間が確定せずチケットを買うのを留保していました。しかし結局、聴きに行けることになりチケットを買おうとした寸前、GRFさんが海外出張で行けなくなり、チケを譲っていただきました。ありがとうございました。

これまでファウストの演奏はN響と共演したプロコフィエフの協奏曲、埼玉のバッハの無伴奏のソナタとパルティータ全曲演奏会を聴いてきました。派手さはないけれど、音楽を真摯に追い求める学究肌の音楽家という印象を持っています。今回は、モダン楽器をピリオド楽器(17世紀中頃製作のヤコブ・シュタイナー)に持ち替えての演奏というだったので、どんな演奏になるか楽しみにしていました。演目は以下の通り。

♪バッハ:ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第4番 ハ短調 BWV1017
♪フローベルガー: パルティータ第12番 ハ長調 FbWV 612a
♪バッハ: ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第5番 ヘ短調 BWV1018
 【休 憩】
♪ビーバー: ヴァイオリンと通奏低音のための描写的ソナタ イ長調
♪ビーバー: 無伴奏ヴァイオリンのためのパッサカリア ト短調
♪バッハ: ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第2番 イ長調 BWV1015
 【アンコール】
♪バッハ: ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第1番 ロ短調 BWV1014から第3楽章
♪バッハ: ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第1番 ロ短調 BWV1014から第1楽章

この日もバタバタだったので開演3分前にギリギリで着席。演目についてCDなどで十分な予習ができませんでしたが、それが幸いしたのか、楽曲そのものが新鮮に聴こえてきました。前回、埼玉で聴いた時は、宇宙に響け!と言わんばかりの爽快な演奏でした。
そして今回は古楽器を使用。音量が小さいチェンバロと共演だったからか音量も抑え気味でしたが、明晰で透明感のある演奏。そして共演者と対話を楽しんでいるかのようなintimateな雰囲気。(ビーバーの無伴奏のパッサカリアでは、ファウストは独奏なので雄弁そのものでした。)音量小さめということなので、いっそう集中して聴くことになりました。

今回のリサイタル全体について私が強く感じたことが2つあります。
1.古楽で聴くファウストのバッハの音色は言葉のようだった。
2.プログラムの流れがストーリー仕立てになっているようだった。

1.について
普通、音楽家は「歌う」ように弾くものですが、この日のファウストは、「メロディ」を美しく弾くことを放棄していたようでした。歌うというよりも、音そのものが言葉になっていた。ノンヴィブラートで演奏されることで音の粒やリズムがより明瞭になるので、いっそうそれが言語的に聴こえてきたのでしょうか。チェンバロが奏でる二声とヴァイオリンの計三本の線が織りなすポリフォニックなアンサンブルを聴いた!と感じました。各声部の自律と音色のちがいが鮮明にされることが、さまざまな言葉が集い、重なり、それがなんらかのかたちを目指しているようなイメージを持ちました。そう考えると、ファウストはかなり音量控えめにして、ひたすらチェンパロと協調するように弾いていたことが理解できます。

2.について
最初の演目のソナタ4番の冒頭のフレーズは、バッハ好きならすぐ分かる「マタイ受難曲」の有名なアルトのアリア「憐れみ給え、わが神よ」をベースにしたもの。前半の3つの演目は、祈り、静謐、厳か、受難という内省的な色調。一転して後半のビーバーの描写的なソナタは、かっこう・雄鶏・蛙・猫などを擬音で表現した楽曲。自然の活き活きとした姿がみえました。私、カエルが主人公のバロックオペラ「プラテー」を思い出した。「四季」「田園」の先取り?まさに音の風景画家w。その次が無伴奏バイオリンのためのビーバーのパッサカリア。これも祈りの音楽。そして最後はソナタ2番。これはミレーの「晩鐘」という絵画が見えた。「今日も一日、よく耕した!」と農民夫婦が感謝の祈りをしている姿が目に浮かびます。救いと喜びが感じられる穏やさと楽しい音楽。特に第4楽章プレストは、ゴールドベルク変奏曲の第30このプログラムの配列から、ドイツの敬虔なプロテスタントの日常の姿が見えたような気がしました。ファウストは演目5曲を起承転結のような流れでプログラムを組み立てていたのではないかと着想しました。「転」に相当するのが、ビーバーの描写風ソナタ。朝の厳かな祈りからはじまり、自然の中ではたらき、その日の終わりは祈りの中で神の祝福を感じる…という物語を、密かに3本の線のなかに編まれていたのかな…と想像すると楽しくなりますね。

ファウストは古楽という奏法を用いながらも、モダン楽器には出せない新しいスタイルをつくろうという意思を感じた思いでした。
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