GRF邸の「スピーカーの存在が消える音場感」

2016.09.26.Mon.23:23
クラシック音楽とオーディオに造詣が深いGRFさんから「わが家の音を聴きにきませんか?」とお誘いがあり、9/24に上京してお宅を訪問してきました。私はクラシック音楽は大好きですが、オーディオに関しては知識が疎く、感想を書くのはちょっと恥ずかしいのですが、とりあえず感じたことを書きたいと思います。私が自宅で使っているオーディオは、GRFさんと比べると恥ずかしいような標準的なものです。本物のナマ音は実際にコンサートホールへ聴きに行けばよいと思っていました。しかしGRFさんの御宅の音を聴いて、ホールと同等の音響がオーディオで再現されていたことの大変、驚きました。GRF邸には2つのオーディオ・ルームがあり、それらにはよく調整されたスピーカーが設置されています。この2つのスピーカーは360度に音が出ることです。一般的な2次元に音がでるものとは設計コンセプトがまるで違っています。
・6畳の和室のジャーマン・フィジック社のユニコーン
・40平米ぐらいの洋室の同社のトロバドール80

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午前中は和室の音を聴かせていただきました。ユニコーンという名称は、そのスピーカーの姿が「一角獣」を思わせるものだからでしょう。最初に掛けられたのはピアノ・トリオのジャズのCD。最初のコントラバスの一音の「量感」にまずビックリしました。見えないはずの音が塊のように見えた。目の前でプレイヤーがボンボンと弦を弾いている姿が感じられます。まさにライブハウスの音。スピーカーが鳴っている感覚ではなく、和室そのものが本物のスタジオのような音場感。
私がビックリしていると、さらにサイモン・ラトル指揮&ベルリン・フィルのベートーヴェン作曲・交響曲第4番のCDが掛けられました。またビックリ。木管の音がよく立っています。それらの音が高い位置から聴こえてきて、微妙なニュアンスもよく感じられます。再生された音楽でこのような音を私は聴いたことがありません。
次にGRFさんはユニコーンについているボタンを操作しはじめました。するとサントリーホールの1階席のステージ前で聴いているかのような音場が、音源が遠ざかりもっと後ろの席で聴いているような感じになりました。音域別によるエネルギー分布を変えることで、このようなことが可能だそうです。よく考えると、音も性質によって反射の仕方が違うので、高域の音が聞こえやすい場所、全体の音が混ざりあった音がする場所など、席によって聴こえてくる音の特性があるので、そのようなことができるのでしょう。GRFさんは音域のエネルギー分布に変えることで、コンサートホールやライブハウスなど様々な仮想空間を作って楽しまれているようです。普通の和室でこのような音が再現できるなんて心底、驚きました。
そのあと、白井光子が歌うブラームスの名歌「野の寂しさop86-2」を掛けていただいた時、目をつぶると目の前に歌手が立っているかのような錯覚を覚えました。音響だけでなく、音源となる演奏者の姿まで映し出してしまうとは本当に究極のオーディオです。
スピーカーの正面に座らせていただいて、ジーッとスピーカーを観察していて気づいたことがあります。左右のスピーカーのメープルの根で作られたというボックスの柄が左右対称になっていたことです。これは同じ木から切り出したパーツが左右が対称型になるように慎重に組み立てられたことを意味します。すごい手間です。スピーカー内部の密度感が均一になるような配慮です。これならスピーカーそのものから出る音のバランスもよいはずです。まさに左右の箱は双子といっても言い。こういう手法は建築の石貼りでも見られます。水戸芸術館にはオニックスという石の柄がそのように左右対称に見えるように貼られています。このスピーカーはドイツの職人魂を感じさせますね。
もうひとつ気づいたのは、傍らに見たことがあるCDプレイヤー(マランツCD34)が置かれていました。これは30年ぐらい前に私が最初に買ったCDプレイヤーです。懐かしいなぁ。でもよくよく訊いてみると、中身はスーパーカーのように改造して、音はベツモノらしいですw。

ユニコーンに驚愕している私に、GRFさんは「驚くのはまだ早い」というような表情で、ランチを食べに行こうと誘われ、近所のイタリア料理店でパスタをご馳走になりました。その時、オーディオ歴50年の話などをいろいろ伺いました。

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ランチの後は洋室に移ってトロバドール80です。部屋はおよそ40平米ぐらい。ヴェルディ作曲のオペラに「イル・トロバトーレ(吟遊詩人)」という作品がありますが、そのスピーカーの風貌も羽つき帽子を被ったかのような吟遊詩人と重なって見えてきます。
トロバドールは壁から3m程度離された位置に置かれています。最初、午前中に和室で聴いたのと同じベートーヴェン作曲の交響曲第4番が掛けられました。トロバドールが鳴った瞬間、私は「刺し身のよう…」と思わず失礼なつぶやきを無意識に言ってしまいました。これは鮮度がよく、まるで生きているようなな…ということです。この演奏が、今、そこで演奏されている生の音のようというニュアンスでした。機械が出している音とは思えなかった。そして驚いたのはスピーカーから音がするというよりも、部屋全体の空間が鳴っている感じです。音楽専用ホールに座っているかのような思いです。全方位型のスピーカー、恐るべし。ユニコーンよりも、空間の広がり感が膨らんだ気がしました。するとGRFさんが「聴く位置を替えると音が違って聴こえるから試してみて…」というので、部屋内を動き回ってみると、正面の椅子ではサントリーホールの1階中央のSS席ぐらいの定位感だったのに、壁の側面に行くと2階RA、LA席の音に聴こえるし、背面に移るとP席の音がするのにはビックリでした。それぞれの楽器の音が分解されて細かいニュアンスが明快に聴き取れます。
次に聴いたクレーメル&アルゲリッチのプロコフィエフのヴァイオリンソナタ第1番では、演奏者の演奏する様子が立体映像のように浮かび上がるように音が聴こえてきます。演奏者の息遣い、弦の倍音、ビブラートを掛ける指、フラジオレットの弓使いがみえる。音が映像化してますね。
その後、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」の冒頭の低弦の符点のリズムで始まる箇所をいろいろなCDで聴き比べ。弱音の中で振動のような微妙な音の違いが明瞭に聴き取れます。私はヤンソンスとRCOのキレがある演奏が気に入りました。
マリア・ジョアオ・ピリスが弾くモーツァルトの幻想曲は同じ録音を異なる3種類のCDで聴きました。1枚もの、廉価版のBOXセットの2種。聴いてビックリ。音の厚さとコクが全然ちがう。これはCDに焼き付けられている情報量の違いだそうです。トロバドールから響くピリスのピアノの音色が微妙にちがっていて、細かいニュアンスまでが鮮明に聴き取れます。ピアノのいち音いち音が言葉になっていることがよく分かりました。私の安スピーカーでは聴き取れないと思います。
GRFさんが中央の窓の吸音効果があるドレープを少し開けると、出窓奥にある音の反射面のガラスが威力を発揮し、より正面からの音の抜けというかスピード感が感じられました。コンサートホールは入場者の数などによって音が変わりますが、このトロバドールの部屋も家具やドレープ、スピーカーの位置によって音が変わってきます。GRFさんは今、かかっている音楽に合わせてそれらを微調整しながら、最良の響きになるように常に動いていました。ちょっと何かを変えるとすぐ音響が変化するこのオーディオルームはまるで生きているですね。
私は建築の設計の仕事をしているので、この部屋をつくるにあたって工夫したことをいろいろ聴かせていただきました。遮音を厳重にすることは必須、それとスラブ振動がオーディオルームにに伝わらないように、部屋が躯体から縁が切れるように床下地材を構成したこと、音と部屋が共鳴しないように壁の下地材の貼り方を工夫したこと、音響効果を考えた吸音材の布置など、いろいろ訊いて、ガッテンしました。
GRFさんが余興として、いきなりフランク永井のCDを掛けました。トロバドールがつくる音場感がまったく変わってしまったのでビックリ。ムード歌謡が二次元的な音になってしまい、はじめてスピーカーの存在に気づいた感じがしました。これは録音方法が全然ちがうので、このような音になるそうです。
スピーカーからの音がその部屋を楽器化したように音を鳴らすというのはまさに至高の域と言ってでしょう。私はGRFさんに「ここまで来てしまったら次は何処へ行くのですか?」と訊くと、「ほぼ満足な音が出てきたので、好きな音楽に没頭できそう…」という答えでした。キュビズムの画家のジョルジュ・ブラックの「当初の構想が消え去った時、絵画ははじめて完成する」という言葉がありますが、GRFさんもほぼ同じ境地ではないかと想像しました。

そろそろ失礼しようとした時に、「ちょっと一杯どうですか?」と赤ワインを用意していただきました。「かんぱーい」とグラスを軽くタッチしたら「ゴーン」という聞き慣れた音がしました。私、思わず「これはリーデルのグラスですね!」と言ってしまいました。もちろん当たり。私が使っているグラスを同じだからです。リーデルのボルドーグラスは香りが外へ逃げないようにするために、グラス内に香りが籠もるような断面になっているので、「ゴーン」という鐘のような音がするのです。GRFさんと私のオーディオの音は天と地の差がありますが、グラスの乾杯の音だけは同じでした(笑)

帰路、聴かせていただいた白井光子が歌うブラームスの名歌「野の寂しさop86-2」を思い出しました。「美しい白い雲は遠くへ流れ、深い青さは、まるで美しい静かな夢のようだ。私はまるでずっと昔に死んでしまっていて、永遠の空間を幸せに漂っているかのようだ。」という歌意だったと思います。録音する時に消えてしまった音が、トロバドールによって再び命を与えられ、GRFさん宅の音空間を幸せに漂っているイメージを持ちました。
すばらしい音を聴かせていただき、ありがとうございました。
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