小菅優・樫本大進・Cボルケス|トリオのベートーヴェン・ピアノ三重奏

2016.06.01.Wed.15:16
2016年5月21日(土)14時~@つくば市ノバホール
小菅優(Pf)/樫本大進(Vn)/クラウディオ・ボルケス(Vc)
♪ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第3番ハ短調 Op.1-3
♪ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第6番変ホ長調 Op.70-2
♪ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第5番ニ長調 Op.70-1「幽霊」

10日ほど前、つくば市で世界的に活躍する豪華な若手音楽家3人によるオール・ベートーヴェンのピアノ三重奏曲の演奏会を聴いてきました。バタバタしていてましたが、やっと感想をUPします。期待に違わず、とても良い演奏会でわざわざ聴きに行って良かったです。ノバホールは1,000人ほど収容するシューボックス型のホールです。ピアノ三重奏曲にはやや大きい感じのホールだと思ったので、1階中央列の真ん中、3人のバランスがよく、特にチェロの音が真っ直ぐに飛んでくると思われる席のチケットを取りましたが正解でした。

私がこの演奏会に行きたいと思った理由は次の通りです。
① ピアノ三重奏という演奏形態が好きだから。
② ベートーヴェンのピアノ三重奏曲で演奏機会が多くない演目だから。
③ ピアニスト小菅優が弾くベートーヴェンの演奏が好きだから。共演者も良い!

①について。弦楽四重奏では精妙なアンサンブルが求められる場合が多いのでどちらかというと音楽が堅牢です。以前、音楽番組で元東京SQの1stヴァイオリン奏者だった原田幸一郎氏が「弦楽四重奏は愛のない結婚のようなもの」と言っていました。一方でピアノ三重奏は演奏者が比較的自由に演奏できるので個性が出やすく、各演奏者の丁々発止のパフォーマンスが相乗するので好きなのです。
②について。ベートーヴェンのピアノ三重奏曲は7番「大公」が圧倒的に演奏機会が多く有名です。私にとって、3、5、6番を実演で聴くのは初めて。数ヶ月前、ダニエル・バレンボイムのブルックナー・チクルスを聴きに行かれたマイミクさんから興味深い話を聞きました。演奏機会が多く有名なブル4、ブル7ではなく、滅多に演奏されないブル2の日にくる聴衆の多くは、ひと目でブル・オタと分かる男性たち。休憩時間にトイレに並ぶ男性の列が異様に長かったと…w。
③について。ピアニストの小菅優さんは昨年にベートーヴェンのピアノソナタのチクルス(全8回)を終えました。私は第2回目からずっと聴いてきましたが、すばらしい演奏でしたね。若くしてベートーヴェンのオーソリティになりつつあります。ベートーヴェンの室内楽でどのような演奏を披露してくれるかとても楽しみでした。

前段がかなり長くなりましたねw。

ベートーヴェンのピアノ三重奏曲は全部で7曲ありますが、今回の彼らの演奏旅行では4番だけを除いた組み合わせになったようです。省かれた4番「街の歌」はもともとピアノ三重奏ではなくクラリネット三重奏です。つくばで演奏されたのは、作品1のうちの3曲目のハ短調、そして「傑作の森」と言われた時期の作品70-1と70-2の双子のトリオ。

3曲中、私がもっともサプライズがあったのは3番の演奏でした。
ベートーヴェンにとって重要な調性であるハ短調が用いられた最初の曲と考えてよいでしょう。ハイドンやモーツァルトの影響が色濃いとは言われていますが、後年に傑作を生み出すベートーヴェンを予見する特徴がたくさん含まれている曲じゃないかと私は彼らの演奏を聴いて感じました。たとえば第1楽章では「タン・タン・タン・ターン」というリズムが多用されていて、私はそれを聴いて運命交響曲の冒頭の「ジャジャジャ・ジャーン」という動機を思い出しました。「タン・タン・タン・ターン」をはやく弾くと「タタタ・ターン」になりますね。また陰鬱さと重厚さといったハ短調の特徴もよく感じられました。第2楽章はハイドン風のおだやかな主題をもとに変奏されていきますが、ベートーヴェンは変奏曲を即興で弾くのが大得意でしたね。そして第3楽章は、メヌエットで作曲されたにもかかわらず、彼らの演奏はスケルツォのような躍動的な演奏になっていてビックリ!私が持っているケンプ+シェリング+フルニエ盤のCDとは全然ちがっていました。この演奏解釈を真っ当に感じられるのは後年のベートーヴェンの作風をみれば納得できます。第4楽章は、ピアノが音階を印象的に演奏するところは一聴するとモーツァルト風でしたが、全体が「暗から明へ」と転換し疾走・燃焼し完結する様相もまたベートーヴェン的。これまでCDで聴いてきて気づかなかったことが、小菅氏らの演奏を聴いて、いろいろ発見があって「眼から鱗」という感じでした。この3番ではピアノが主役なので、小菅さんのピアノが面目躍如したかたのように躍動感と冴えとキレが見られました。作曲家デビューしたばかりのベートーヴェンがピアノ上手であることをプレゼンしたい気持ちがあったからでしょうかねw。多分、そのあたりを咀嚼した3人の演奏だったのだと思います。作曲家の卵のベートーヴェンの気概がよく演奏に出ていました。

そのあとの6番と後半の5番は、一転してピアノ主導の演奏から3人のアンサンブルの妙がよく感じられました。3番では影が薄かったチェロが「オレもいるよ!」と言わんかのように朗々と主旋律を歌います。サッカーで言うなら、守備専門のセンターバックがセットプレイの時に前線へ上がってきて高さを活かしてドーンッとヘディング・シュートを決めるかのようです。特に5番の第1楽章。序奏から第1主題に入るところが英雄交響曲に似てる。また第2楽章は、その不気味な曲想から5番に付いた「幽霊」という有り難くないニックネームが先行しています。私はそのことにずっと異議がありました。彼らの演奏から私はベートーヴェン最晩年のピアノソナタや弦楽四重奏に似た神秘的で瞑想的で抽象的な響きを聴いた思いだったので、さらに「幽霊」という名前への異議が深くなりましたよ。第1楽章の出航のイメージ、第2楽章の海底のイメージ、第3楽章の人で賑わう海岸のイメージから、5番は「海」と言い替えたいぐらいです。それにしても第3楽章の終盤のコーダの華麗なピアノは素晴らしかったなぁ。小菅氏はピアノソナタ全曲演奏の成果が室内楽でも見事に活かされています。今回のピアノ三重奏では、小菅氏の力強い左手による低音がチェロの響きと相乗して、基礎が堅牢な建造物のようでした。またピアノソナタで右手と左手が対話する感覚は、ヴァイオリンとの掛け合いにも通じているように思われます。つくばで聴いた印象では、小菅氏のためのピアノ三重奏のように感じられました。

この日の小菅・樫本・ボルケス|トリオの演奏コンセプトは、3番の「若さ・出発」と5番・6番の「充実・調和」の対比的に演奏することだったのかなぁと考えてみました。そしてますます小菅氏はベートーヴェン色が強いピアニストになったなぁと思いました。私にとっては嬉しいことです。
来秋に以下のようなピアノ・リサイタルがあります。前期・中期・後期の代表的なピアノ・ソナタが並んでいますが、特に中期の選曲に厚みを感じます。これを聴くだけでも、上京する価値アリだと思います。がんばってチケットを取りたいと思います。

10/14、ベートーヴェン「ピアノ・ソナタ全集」完結記念
小菅優氏のピアノ・リサイタル@紀尾井ホール
(オール・ベートーヴェン・プログラム)
♪ ピアノ・ソナタ第1番 ヘ短調 op. 2-1
♪ ピアノ・ソナタ第24番 嬰ヘ長調 op.78 「テレーゼ」
♪ ピアノ・ソナタ第17番 ニ短調 op. 31-2 「テンペスト」
♪ ピアノ・ソナタ第21番 ハ長調 op. 53「ワルトシュタイン」
♪ ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 op. 111

雑感ですが、私が好きなクラシック音楽は数百年前に作曲されたものです。先日、ツィッターで「クラシック音楽の人気がないのは新曲がないからだ…」というつぶやきが話題になっていました。ある意味、急所を突いているとは思いますが、私はそれを面白がっている方々がたいへんに滑稽でした。私がつくばで聴いてきた演奏会のように、瞬間瞬間に新しい楽想が泉のように湧いてくるようなナマ演奏を聴けばよく分かるはず。ロックやジャズのライブと同じじゃん。緩と急、明と暗、激と静という切り替えは、劇場でみる演劇のようでもあります。古いモノから新しいモノを見出せるから、シェースクピアや源氏物語が読み継がれるのと同じだと思います。
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