サクラの縦断面のイメージ

2016.04.06.Wed.18:49
名古屋に勤務していた時、
新設する小学校の設計の打ち合わせで
教育委員会の担当の方から
「校門にはぜひサクラを植えられるようにしてほしい。
入学式では一年生と父兄がサクラと一緒に家族写真が撮れるように…。」
という日本人らしいお願いが出てきました。
私、ピカピカの一年生のために
入学式から初々しいころに開花するヤマザクラを植える植栽計画としました。
サクラはみんな大好きですよね。

いま、私が住む茨城県日立市の平和通りのサクラは
五分咲きぐらいだそうです。
今朝、仙台に住むお知人が
満開のサクラの画像をUPされていました。
ここ数日の不規則な寒暖によって、
関東のサクラ前線は当惑しているようです。

しかしながら
この時期になると私たち日本人のDNAには
サクラに反応するリトマス試験紙のようなものが
組み込まれていることを実感します。
身近なサクラにあっては、

・咲き始めの「走り」のサクラ
・満開の「旬」のサクラ
・散りつつある「名残」のサクラ

と、時のうつろいともに変化するサクラを
楽しんでいる方が多いと思います。
実際には見ていないサクラであっても
1~2月に沖縄方面のサクラ開花の一報に春を感じ
5月の大型連休後に北海道のサクラの散華を聞いて春の終わりを感じ、
来年のサクラの到来を待つ気持ちになります。

私は散りつつある「名残」のサクラが好きです。
最近、知った上田三四二が詠んだ短歌が
ちょっと気に入っています。

ちる花は
かずかぎりなし
ことごとく
光りをひきて
谷にゆくかも
(上田三四二)

サクラの花が
光を引きながら散ってゆく姿、
そして地をサクラ色に染める姿、
大好きです。

「谷にゆくかも」という言葉、
私のツボを押してくれました。
この歌は、サクラを愛でるだけでなく、
サクラの死もイメージしているものだということでです。
「谷にいくかも」は地の底に他ならないからです。

高校生の時、現代国語の教師から
教科書にないサクラの話を聴いたことをよく覚えています。
それは梶井基次郎が残した
「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」という文章。
屍体が埋まっている上で花見の酒宴をするイメージって
どんなものだろうと思ったものです。
こういう虚無的な感情は高校生の私を刺激しました。
この時、はじめてサクラの樹の縦断面を意識しました。
地の上と下ということです。
私が断面フェチになったのはこの頃でしょうかw。

もう一方で、坂口安吾のエッセイで読んだ話。
昭和20年3月の東京大空襲の後、
焼け残ったサクラが満開になった時、
近所の防空壕で焼死した遺体が並べられていたけれど、
サクラの美しさの方い気持ちがいってしたという内容でした。

上田三四二、梶井基次郎、坂口安吾、
彼らはサクラの死と再生と無常を思いながら、
同じようなイメージを持っていたように考えています。

今、全国で酒宴をしながら酔っ払っている人であっても
西行法師の歌にあるように
「花の下なら死んでもイイかも…」と
思っている人は少なからずいるでしょうね。

私、混雑はあまり好きではないので、
今のところ「花なき花」の心持ちでイイです。
名残のサクラのころに
「光をひきて谷にゆく」サクラをサクッと見に行ってこようと思います。
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