インバル✕都響のブルックナー:交響曲第4番

2015.03.20.Fri.21:28
3月18日夜、上野の東京文化会館で、
エリアフ・インバル指揮&東京都交響楽団の第784回を聴きました。
演目は
ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』から「前奏曲と愛と死」
休憩をはさんで、
ブルックナーの交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」ノヴァーク版

一方で、同じ時間に赤坂のサントリーホールでは
マレク・ヤノフスキ指揮&ベルリン放送交響楽団の来日公演で
ブルックナーの交響曲第8番ハ短調が演奏されていたようです。
3.18東京は「ブルックナー祭」だったと言ってもよさそうですね。

演奏会後、ツイッターやFBなどでは
それぞれの演奏会へ行った方々の所感が
飛び交っていて読んでいておもしろかったです。

そういう私も帰宅途中、ガラケーから
以下のようなツィートとしました。

「今夜、上野で
インバル×都響のブルックナー交響曲第4番。
早めのテンポなのに音の風景が明瞭にみえる快演。
黒い森と暁が見えた。
盛り上がりも気負いがなく自然。
ホルンと低弦は特にがんばってた。
トリスタンを前半に入れた
ワーグナー→ブルックナーの流れも合理的。」

昨夏、ミューザ川崎でインバル✕都響で聴いた
ワーグナーの「ジークフリートの牧歌」とブル7がとてもよかったので、
今春のブル4も聴きたいと考えました。
ワーグナーとブルックナーを組み合わせるプログラミングも同じです。
ブルックナーはワーグナーを尊敬していたことは有名です。
この2人の名前が並ぶと、濃厚な後期ロマン派的な演奏になりそう…
と考えてしまう方が多いと思いますが、
今回も良い意味でその予想は裏切られました。
なぜなら脱・後期ロマン派と言ってもよい
強靭で明晰な音楽づくりがされていたからです。
ブル4には「ロマンティック」という表題が
慣例的に付けれれていますが、
そのタイトルの居所を無くした感じでした。

前半、『トリスタンとイゾルデ』の「前奏曲と愛と死」がはじまった時
アレッ?と思ったのは、いわゆるワーグナー的じゃなかったこと。
豚骨ラーメンだと思っていたら、さっぱりとした塩ラーメンが出てきた!
特有の官能的で陶酔感というよりも、透明感と清新な印象を持ちました。
私見ですが、後半のブル4の前奏曲という位置づけだったのかも…。

ブル4の演奏時間は一般的には70分前後を多いのですが、
私の時計でおよそ60数分だったように思います。
早いといっても、快速というものではなく、
なんらかの強い推進力でグイグイと引っ張られるような感じ。
その推進力が突き抜けた彫刻の軸線のように感じられる。
背骨はインバルがつくり、肉は都響が補う。
しかし、ディテールはきめ細やかで、
一瞬一瞬の景色が明瞭に展開して行きました。
ブルックナーの音楽は一般的にパイプオルガン的で
重厚な響きから「山」のようなイメージがありますが、
インバルのブル4は、「屹立する大樹」のようでした。

サッカー好きの私の私見ですが、
インバル✕都響のブル4の陣容は
2004-05シーズンのACミランの「クリスマス・ツリー型」の4-3-2-1。
1トップのFWは一番目立っていたホルン。すばらしかったです。
最終ラインは、低弦(ヴィオラ、チェロ、コントラバス)。
機動力ある重厚感。
音楽的盤石の強靭さは、彼らの攻撃的守備意識に他なりません。
5人のブ厚い中盤は、
ヴァイオリンと木管と金管がうまくバランスを取って
ゲームと作っていた感じです。

最近の在京のオーケストラは、
都響・N響・読響の三つ巴という感じです。
2月にN響を振ったパーヴォ・ヤルヴィの演奏が
たいへんに話題になりました。
私はFM放送のライブで聴きましたが、
N響にとっての歴史的名演だと思いました。
そしてヤルヴィの豪腕でN響は牛耳られていた
という印象を強く持ちました。
一方で、インバルと都響は、よい信頼感で結ばれていますね。
音楽の方向性はインバルが示すけれど、
各奏者の表現の自由は確保されているような感じがしました。
(もし次にインバル✕都響が聴けるなら、ブル5が聴きたいです。)

われわれ音楽愛好者を喜ばれせてくれるような
音楽的な切磋琢磨をそれぞれのオーケストラにお願いしたいです。
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