2人の吉田さんと「魔法使いの弟子」

2013.12.26.Thu.11:34
昨日、秘密の喫茶店「梵」さんで
お茶していた時に読んだ日経紙の文化欄「交遊抄」に、
水戸芸術館副館長の吉田光男氏のエッセイが掲載されていました。
内容は、昨年亡くなった音楽評論家で前水戸芸術館館長の吉田秀和氏のこと。

この「二人の吉田さん」、
吉田秀和氏と吉田光男氏がいなかったら、
今日の水戸芸術館はなかったのではないか~と私は思います。
吉田光男氏は水戸でも有名な実業家で、
公私ともに今なお、水戸芸術館を支えてくれていてます。
こういう方々への感謝を忘れないで、
今後も水戸芸に通いたいと思っています。



「清新の気」  吉田光男       (2013.12.25日本経済新聞朝刊)

吉田秀和さんには24年もの間、
水戸芸術館の館長を引き受けていただいた。
お飾りではなく、気合の入った本物の館長だった。
日本橋生まれの江戸っ子は、決断とアクションも速く、
もたもたしているのが大きらいだったから、
皆とても緊張していた。

水戸へはいつもご夫婦でおいでになった。
ご主人は厳格なドイツ風、
ベルリン子のバルバラさんはやさしい和風で、
ほほ笑ましい組み合わせ。
バルバラさんは、すぐに家内と仲良しになられたから、
お付き合いは和やかなものだった。
お二人はよく拙宅で一汁二菜の夕食にくつろがれ、
私どもも鎌倉のお宅で、バルバラさんのシチューをごちそうになった。
お二人の生活は簡素で、エアコンもなく、
勉学専一、いつも清新の気が流れていた。

震災のあと、たまってゆく核のごみの話をしたら、
秀和さんは、ひとこと「魔法使いの弟子!」といわれた。
水の出る呪文は教わったが、止める方は知らない。みごとな比喩だった。
しかし時事は語らず、かわりに、
歌の悦びの賛歌「永遠の故郷」を書き残して旅だたれた。

100回をこえる音楽会で、
この希代の批評家の隣に座り、音の鳴り終わったあとの、
最初の吐息をきくことができたのは、またとない幸せだった。
(よしだ・みつお=水戸芸術館副館長)



私、この記事を読んで、
吉田秀和氏が核のゴミのことを

「魔法使いの弟子」

と看破した話に私も感服しました。
彼がフランスの作曲家ポール・デュカスが作曲した
交響詩『魔法使いの弟子』のことを差していることはすぐに分かりました。
以下のような物語を音楽にしたものです。【Wikipedia】参照



老いた魔法使いが若い見習いに雑用を言い残し、
自分の工房を旅立つところから物語が始まる。

見習いは命じられた水汲みの仕事に飽き飽きして、
ほうきに魔法をかけて自分の仕事の身代わりをさせるが、
見習いはまだ完全には魔法の訓練を受けていなかった。

そのためやがて床一面は水浸しとなってしまい、
見習いは魔法を止める呪文が分からないので、
自分にほうきを止める力がないことを思い知らされる。

絶望のあまりに、見習いは鉈でほうきを2つに割るが、
さらにそれぞれの部分が水汲みを続けていき、
かえって速く水で溢れ返ってしまう。

もはや洪水のような勢いに
手のつけようが無くなったかに見えた瞬間、
老師が戻ってきて、
たちまちまじないをかけて急場を救い、
弟子を叱り付ける。



この音楽は
ディズニーのアニメ映画『ファンタジア』でもBGMとして使われました。
たしかミッキーマウスが魔法使いの弟子の役だった。

「虎は死んでも皮残す」と言いますが、
故吉田秀和氏は今でも私たちに
今でもすばらしい示唆を与えてくれていて感謝です。

今年の年末は、吉田秀和氏も大好きだった
ドイツリート三昧に明け暮れようと思っています。

11月に発注していた英ハイペリオン社の
「シューマン歌曲全集」(10枚組)がクリスマスにやっと届きました。
あわせて、まだ全部聴いていない
同社の「シューベルト歌曲全集」(40枚組)も
聴きたいと思っています。
吉田さんの著書「名曲の楽しみ」を読みながら…。



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