2つの映画:「東京家族」と「オープニング・ナイト」

2013.02.17.Sun.17:14
最近、2つの映画を劇場でみてきました。
①1月末にひたちなか市のシネコンでみた「東京家族」(2013年・山田洋次監督)
②昨夜、水戸映画祭でみた「オープニング・ナイト」(1978年・米・ジョン・カサヴェテス監督)

たまたまみたこれらの映画、
これらのコンセプトが
「人の死を乗り越えて、再生する」
というように私には感じられて、
じわじわと感興が湧きました。



映画「東京家族」は
60年前につくられた小津安二郎監督の「東京物語」の
平成版と言ってもよいでしょう。

小津監督の「東京物語」は
ロー・ポジションで撮られた揺るぎのない構図、
リフレインが多い独特のセリフまわしなど
随所に監督の美学が感じられる凝った作りです。
通奏低音のように響く抒情性も印象的です。

山田監督の「東京家族」は「男はつらいよ」の延長線にあるでしょうか。
凝った映画表現よりも人間ドラマが中心です。
普通の人々の日常の喜びや哀しみを丁寧に描いている感じ。

直感的な印象でいうと
凝ったつくりの小津映画は劇場でみたいけど、
テレビ的な山田映画は自宅でDVDをみるだけでもイイなと
その時は思いました。
しかしながら
自宅に帰って、2つの映画を比較しながら
フッと思ったのはラスト・シーンの描き方の差異でした。

小津映画は、
妻に先立たれた男性の寂寥感、孤独感が強く印象に残りました。
言い換えれば「喪失の映画」。

一方、山田映画のラストシーンでは、
妻に先立たれた男性が出来の悪い末息子に希望を見出す姿が
追加演出されていました。
それは不況や震災などよいことがあまりない平成にあって、
小さいながらも光明のようなものを希求する暗示のように思えます。
これをひとことで言うなら「再生の映画」。
妻夫木聡と蒼井優の存在感が
なかなかよかったように思います。



インディペンデント映画を確立したと言われる
カサヴェテス監督の「オープニング・ナイト」は
30年以上前の映画でしたがなかなかおもしろかった。
簡単にあらすじをまとめてみます。

舞台の名女優マートルは
気心知れた仲間たちと新作『二番目の女』に取り組んでいた。
ある夜の公演後、
群がるファンをかき分け進むマートルに抱きつく一人の少女。
“アイ・ラヴ・ユー”を連呼しながら引き離された彼女は
走り出すマートルの車を見送り、対向車に跳ねられ即死する。
この事件をきっかけに、マートルの日常が揺らぎ始める。
以前から呑んでいた酒の量がますます増え始め、
神経過敏のあまり稽古も度々中断する始末。
と同時に死んだ筈の若い女の幻覚が現れるようになり、
マートルは徐々に精神のバランスを失ってゆく。
また肝心の舞台でも、演出や脚本を無視して、
勝手に芝居を始めるようになる。
だが、それはマートルにとって、
何かを掴み取るための切実なパフォーマンスでもあった。
やがて幻の女は、マートルに対して日増しに凶暴になってゆく。
これは自分自身の創りだした幻影に過ぎないと自覚しながら、
文字通り満身創痍となってこの幻の女に立ち向かうマートル。
そして、ニューヨーク公演の初日の夜、
彼女はついに失踪してしまう。
開演までには戻る
という彼女の言葉を信じて待ち続けるスタッフたち。
ついに現れたマートルは泥酔状態にありながらも、
舞台を最後までつとめ、客席から喝采を浴びる。
終演後、出演者やスタッフたちから祝福を受け
彼女の顔に笑顔が戻った。

主役のマートルを演じる
ジーナ・ローランズの怪演もスゴイのですが、
演じる俳優が映画と舞台芝居、
見る私たちも現実と虚構の境があいまいになってきて
さまざまに時空をさまようような気持ちを起こさせる臨場感が
とても上手に撮られていて
なかなかスゴイと思いました。
見ている私たちも、映画の中に
入り込んでいるような気持ちになりました(笑)

この映画も、
ある少女の死をきっかけに
女優としての自分と格闘しながら、
蘇生あるいは再生する話と言ってよいでしょう。

たまたまみた「東京家族」と「オープニング・ナイト」ですが、
気楽に見るテレビ・ドラマとちがって
映画の持つ「感じさせる力」
というものを感じました。

私のまわりでここ最近、亡くなった方はいませんが、
「死と再生」というようなちょっと重たい主旨が
どうして自分に刻印されたのかは
ちょっと分かりません。



水戸映画祭の「オープニング・ナイト」のプレトークに
元水戸芸術館音楽部門の矢澤孝樹氏が登場し、
あいかわらず雄弁な解説をきかせていただきました。
矢澤氏は水戸芸の時から、音楽というジャンルを越えて
横断的にかつ野心的な企画に取り組んでこられました。
だから映画も非常に詳しい。
今は家業を継ぎながら、
朝日新聞や雑誌「レコード芸術」で音楽評論もされています。

ご自分のブログでも書かれていますが、
実家の家業を継ぐはずだった弟さんが事故で亡くなったため
その1年半後、矢澤氏は天職だった音楽の学芸員の職を辞し
家業を継ぐことのなったそうです。
この間の矢澤氏の葛藤を身近でいろいろ感じてきたので、
この「オープニング・ナイト」という映画の内容と趣意から
矢澤氏もいろいろ感じうるところは多いのではないかと
私は感じました。
AUTHOR: ゲルバー夫人
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IP: 202.229.176.52
DATE: 02/17/2013 18:36:48

今晩わ。
私も小津安次郎映画が好きです〜と言っても、数多い作品の中からタッタ6本しか見ていないのですが…戦後の作品が5、戦前の作品は1だけです。


(戦前)
一人息子

(戦後)
東京物語
秋刀魚の味
お茶漬けの味
お早よう
宗方姉妹


その戦前の作品「一人息子」は、今でも内容を思い浮かべると涙ぐんでしまうような大好きな作品です。
母親役を演じている飯田蝶子さんは私の母校(まだ高等女学校だった頃)の大先輩ですが、私が高等女学校へ通学していたのではありません(笑)

エビネンコさんは他にどの小津作品をご覧になりましたか?



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コメント
◆ゲルバー夫人さん
小津監督の映画は
海外でも評価が高いので
ルイザダが彼のファンというのは
決して、不思議じゃないですね。
私は小津監督よりも
溝口健二監督の作品の方が好みです。

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