常磐道で福島原発ちかくを通る

2015.06.30.Tue.12:15
6/28日曜、所用で仙台市へ行ってきました。
震災ボランティアで仙台へ行って以来なので4年ぶりです。
自家用車で往復でおよそ500キロを走りました。

いままで日立から仙台へ行く場合、
常磐道から磐越道・東北道を利用していましたが、
今回は3月に全線開通したばかりの常磐道を利用しました。
距離は往復で80キロ程度の短縮になります。
しかしながら福島第一原発のそばを通ることにはなります。
時間があれば東北道経由の遠回りでもよかったのですが、
スケジュールがタイトであったため
今回は常磐道を選びました。

運転をしながら常磐道の車窓からみる
福島原発近くの
双葉町、大熊町、楢葉町、浪江町、富岡町の景観は
報道でみた通りでした。
人の気配はなく、多くの田畑も荒れていて、
被災した家屋も散見できました。
汚染土が入った黒い袋もたくさんみました。
大変にお気の毒に思いました。
運転しながら、心の中で黙祷。

しかし
ふたたびここに住むには
大変なご苦労をされるのではないか
と感じました。

また福島県内の常磐道には
放射線量を計測するモニタリング・ポストが設置されていて
福島原発近くでは5.0~5.5μSv/hの値を示していました。

この近辺を高速で通過するだけなら
医療機関のX線やMRI検査、航空機乗車による被曝に比べて
全然、少ない量だとは発表されています。
(東京-ニューヨークを国際線で往復すると100μSvの被曝らしい)
ちなみ報道では、
新たに開通した常磐富岡ー浪江IC間の14.3kmを
制限速度の70km/hourで走行した時、
積算の被曝線量は
自動車で0.20μSv、自動二輪車で0.24μSv。

しかし、
あまり気分がよいものではないことは事実。

この区域を通過する数十分の間、
エアコンをOFFにしてできるだけ外気を車内に入れないように走行。
帰宅してからは、車についた埃は
放射線を含んでいるかもしれないので
高圧水で洗い流して除染したのは言うまでもありません。

ちなみに福島県内の常磐道のほとんどは2車線区間で対面通行。
路肩は広めにはなっていますが、あまりスピードは出せません。
制限速度も低くめに設定されています。
追い越し車線はありますが、飛ばし屋さんには不向きかも。
同乗者がいたので私は安全運転です(苦笑)

福島原発付近を常磐道を走行するかどうかの判断は、
あくまで自己責任だと私は思っています。
時間があれば東北道を利用して遠回りしてもよいし、
急ぐ時であっても通過するだけなら健康被害はなさそうです。

個人的には、福島原発近くの現状を
自分の目で確認できたことはよかったと思います。
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がんばれ!ネパール

2015.04.26.Sun.20:05
昨夜、東京・銀座の電光掲示板で
ネパールで大地震があったことを知りました。
ビックリしました。

多くの方が亡くなったようです。
建物もたくさん崩壊しています。
そして今なお多くの方が
救助・救援を求めています。

私は2003年秋にインドに外遊した時、
途中、ヒマラヤの山々や仏教・ヒンドゥー教の寺院を見たくなり、
予定を変更してネパールに半月ほど滞在したことがあります。
とても、いい国でした。人もフレンドリーでした。

FBフレンドのひとりにネパール人がいます。
彼はゲストハウスをナガルコットという街で経営しています。
私はエベレストを遠望するために彼のゲストハウスに宿泊しました。
地震以来、FBの更新がないようです。
心配ですね。

ひとりでも多くの方の命が
救われることを祈ります。
そして、頑張れ!ネパール
という気持ちです。

以下、私が撮ってきた
ネパールの画像の一部を貼ります。

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3.11被災地を忘れないために…

2015.03.11.Wed.14:06
それなりに日々をせわしく生活していても、
3月11日という日にかぎって、
立ち止まって
震災を振り返ろうとする方は多いと思います。

自分の職業の特殊性を活かせるボランティアをするため
私はその3ヶ月後以降、仙台市へ3回ほど行ってきました。
仙台市に3年半ほど勤務したことがあるので、
その恩返しの気持ちがありました。

途中、その足で
女川町、石巻市、仙台市荒浜の状況をみてきましたが、
絶句して言葉がありませんでした。
津波は本当にコワイ。
建築関係者として
建物が倒壊しり流されてしまった姿をみるのは
無情なものでした。
映像では伝わらないものがたくさんあります。

3月11日が来ると、
自分が直に撮ってきた画像をリビューしながら
こういう事実があったことを忘れないように
さらに記憶の中に重ねていくようにしています。

■女川町

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■石巻市

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■仙台市荒浜地区

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今日は3月11日

2015.03.11.Wed.11:37
3月11日という未曾有の大災害が起きた日は、
人それぞれの思いがあると思います。

4年前のあの時間、
私は水戸の仕事場兼自宅のマンションで被災しましたが、
被害は物品の破損のみでした。
しかし停電や断水で不安な夜を過ごしました。

ラジオの音声だけの情報と、
遠方の方々からmixiやツイッターで
いろいろな情報を流してくれたことが
とてもありがたかったです。

その後、仙台へボランティアでいった時にみた
石巻や女川などの惨状をみて絶句しました。
映像では伝わらないものがたくさんありました。

たいへんな状況の中で、
フットボーラーたちも復興のために
がんばってくれました。

4年経ちましたが、
まだ終わっていないし、
忘れてはいけない。


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安全管理が心配~とボヤく

2014.05.21.Wed.12:09
先月、韓国で起きた客船セウォル号の沈没事故関連の報道で
日本のマスコミは、わが国の安全管理の優位性を強調するような論調でした。
この沈没事故を大惨事にしてしまった原因は、
操縦ミス、避難誘導の不手際、利益追求のための増床や過積載、
海難救助の遅れや不手際などが複合的に起こってしまったことにあるようです。
しかしながら、
私は日本で起きたさまざまな事故を思う時、
日韓はそれほど違っていないように思えます。

JR北海道による基準を超えたレールの幅などを
補修せずに放置していた問題など、
ずさんな安全管理体制が昨年、明らかになりました。
(JR北海道では20数年の間、
レールの検査数値改ざんが組織的に行われてきました。
しかし、それらに起因する事故では現場労働者の懲戒解雇という
とかげの尻尾切りのような対処だったようですね。)

セウゥル号の沈没の原因のひとつに
26歳という若い女性の三等航海士が運転をしていた時、
全速力の航海で急旋回を切ったことと報道されています。
2005年4月、JR西日本福知山線脱線事故で
この時の操縦士は23歳の若者でした。
制限速度75キロのカーブを116キロで侵入し、そして脱線。
急旋回や急カーブが危険であることは、誰でも分かることです。
若いからダメだというのではなく、
ある程度の「経験」というのは貴重なことだと思います。
とかげの尻尾切りのように若い操縦士を処罰することより、
なぜこのようなことが起きたのか管理体制、指示系統など組織的な問題が
どこまで改善されてきたのか興味がつのる部分です。

客船セウォル号の沈没事故の救命活動で、
日米は韓国政府に支援活動の申し出をしたそうですが、
それを韓国は断っていたようですね。
タラレバですが、海難事故の訓練を十分につんだ
海上保安庁の「海猿」たちが活躍していたら、
救える命があったのではないかと
歯がゆく思った方は少なくないでしょう。

311東日本大震災の時に起きた福島第一原発事故で、
アメリカからの支援の申し出を日本政府は断っていた経緯があります。
これは、アメリカ側の廃炉を前提にした支援が日本の思惑と異なること、
現場が混乱することなど、いろいろ理由を並べているようですが、
これもタラレバですが、
初動時にアメリカの支援を受けていたら
もっと状況はよくなっていたのではないかと思うのは私だけでしょうか?
初動時の判断ミスが、支援を断る~
という判断の誤りに直結していると私は思っています。

こう考えると、
韓国で起きた沈没事故は決して他人ごとではないですね。
日本だって同じようなことをしているじゃん~と思いますからね。
人間は、必ずミスを起こすものです。
それは国とか人種とか関係ないです。
ミスをフォローする体制など「危機管理」の考え方が
どこまで浸透しているのか、
真剣に確認したい心境になっています。

特に私は、
東海第ニ原発に近いところに住んでいるのでなおさらです。
茨城県は、311から3年も経つというのに
再稼動をめざしている東海原発から
30キロ圏内100万人の市民の避難計画の
見通しさえ立てられていないそうです。
国や県の安全管理、本当に大丈夫なの?~と
ぼやきたい心境が正直なところです。