映画『シン・ゴジラ』をみてきた!

2016.08.02.Tue.22:44
「ゴジラ世代」「ウルトラ世代」に属する私、
12年ぶりに製作されたゴジラ映画をはやく見たかったのですが、
週末に連日の出張が入ってしまい、やっと月曜の夜に見てきました。
運良くファースト・デイだったので1,100円で入場。

この新作ゴジラ映画の総監督がSFアニメ『エヴァンゲリオン』の庵野秀明、
ゴジラそのものがはじめてフルCGで作られた特撮ということだったので、
かなりテイストが異なる映画になる予感がありましたが、
まさにいままでにない新しい様式感とテンポ感に仕上がっていました。
しかも、ゴジラは映画の中で変態と進化を繰り返し、
その姿を4度も変えるという新解釈もありました。
ゴジラのCG映像もよく出来ていました。

感想をひところで言うなら
311大震災の残像を思い出させる映画だったということです。
ゴジラは大震源であり、かつ動く炉心として描かれていたし、
ゴジラが歩んだ跡は、津波に襲われて壊滅した街の姿そのもののように見せていた。
政府のゴジラの初期対応はお粗末で、311当時の内閣を思い出したり…。
この映画では、わが国に有事が起こった時、
今の日本は国民の生命や財産をほんとうに守れますか?
というメッセージが付いていたように感じました。

細かいところで思ったことは、
①ゴジラを漢字で書くと“呉爾羅”であることを、はじめて知った。
②厚化粧の女性防衛大臣は、日曜に当選した新都知事のようだった。
③米国大統領特使を演じた石原さとみは明らかにミスキャスト。
 その他の性格系俳優陣は、まあまあ自分の持ち味を出していた。
④全体的に役者のセリフの読みが早く、堅い用語が多かった。

わが家には高さ36㎝の
やや大きめのゴジラのフィギュアがあります。
これを使って、ゴジラのイメージ画像をつくってみました。
ゴジラの尻尾を左手で持って、右手にデジカメ。
シーリングライトに向かって撮ったゴジラの姿を
ちょっと画像処理したものです。
背景は薄鼠色にペーストしました。

IMG_3070b.jpg
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「シン・ゴジラ」見たい!

2016.05.20.Fri.19:10
来夏、新しいゴジラ映画が公開されるようです。
こういう映画は劇場で楽しみたいですね。

「シン・ゴジラ」のシンとは、
新、真、神などの意味であるとwikiには書いてありましたが、
私は「震」のニュアンスも含まれているように思えます。
予告編にあった破壊された街が
石巻や女川などで見てきた東日本大震災の被害地の姿と
どうしてもかぶって見えてくるからです。

ちなみにわが家のゴジラは元気です。
私が社会人になった時に買った高さ36センチのゴジラ。
私が唯一、持っているフィギュアです。
これは数年前に撮った
私の大事なCDラックを破壊しようとするゴジラです。

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初代ゴジラは1954年生まれ。
その10年後に生まれた私はゴジラ第二世代あたりでしょうか。

1954年に「ゴジラ」が公開された時、
戦後の焼け野原になった街の風景を思い起こさせたり、
ビキニ環礁の核実験による第五福竜丸の被爆が社会問題になったり、
ゴジラを葬るために殉死する科学者の自己犠牲の精神がみられたり、
戦後の社会状況と日本人の琴線に触れるドラマ仕立てになっていた
と私は思います。

1984年ごろ、ゴジラのリメーク版がつくられた時は大学生でした。、
当時、できたばかりの有楽町マリオンへ見に行きました。
昔のゴジラでは同じ場所にあった日劇を破壊するシーンがありましたが、
その映画では有楽町マリオンを破壊していましたね。
「シン・ゴジラ」で狙われるのは森タワーかスカイツリーあたりでしょうか?
ゴジラは世相が反映されるので、
そのあたりも映画でどう描かれるのか楽しみです。

https://www.youtube.com/watch?v=ysRIwlEBjuw


ルパン三世とバッハ

2016.04.04.Mon.12:52
今朝、FMでクラシック番組を聴いていたら、ある発見をしました。
流れてきた音楽は、ヨハン・セバスチャン・バッハ作曲のオルガン曲で、

「パストラーレ ヘ長調 BWV590」。

あまり聞き慣れない曲です。
パストラーレという名前なので、
ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」を想像してしまいますが、
音楽的な内容は厳かさなものです。

私、朝刊を読みながら、なにげなく聴いていました。
曲の途中、どこかで聴いたことがあるようなメロディに気が付きました。

これは紛れもなく映画「ルパン三世 カリオストロの城」における
カリオストロ伯爵とクラリスの婚礼前に流れていた音楽じゃないかと思いました。
私、この映画を何度も見たのでまちがいないと思います。

さっそくyou_tubeで確認しました。
カール・リヒターが演奏している動画の4分38秒ぐらいから
その箇所は始まります。

ルパン三世の音楽といえば、大野雄二氏が作曲した
ジャズっぽいテーマソングが印象的ですが、
まさか「カリオストロの城」でバッハが使われてことに気づくまで
およそ35年ぐらいかかってしまいましたw。

ちなみに「パストラーレ」という言葉は
バッハの時代は「キリストの生誕を祝う音楽」という意味だったそうです。

下の動画をみて思ったのですが、
一般的には聴衆に向かってオルガン奏者は背中を向けて演奏するのが普通ですが、
この動画では側面を見せて弾いているというのがおもしろいですね。

https://www.youtube.com/watch?v=e65ZWrncoCI

正月にみた重い映画「アメリカン・スナイパー」

2016.01.04.Mon.23:08
昨年2月末、劇場公開された
映画「「アメリカン・スナイパー」(2014年)を
私、年度末のバタバタで映画館へ見に行けませんでした。
昨夜(1/3)、やっとレンタルDVDで見ました。

華やかな「NHKニューイヤーオペラコンサート」の後に見たので
その落差の大きさと重い主題に打ちのめされました。
これは戦争映画でありながら、反戦の意識に満ちていました。

この映画の主人公は、イラク戦争に出征したアメリカ海軍の
特殊部隊ネイビーシールズの隊員クリス・カイル。

スナイパーである彼は、「誰一人残さない」という
人並み外れた狙撃の精度からレジェンドと称される。
故郷に残した家族を思いながら、スコープをのぞき、
引き金を引き、敵の命を奪っていくクリス。
911同時多発テロの後、
4回にわたってイラクに送られた彼は
心に深い傷を負ってしまう。
そして悲劇的な結末。

クリスを演じるのは俳優ブラッドリー・クーパー。
監督はクリント・イーストウッド
この映画のキャッチ・コピーは
「米軍史上最多、160人を射殺した、ひとりの優しい父親」

この映画では、
対戦車手榴弾を携え自爆テロをしようとする
イラク人の母子をカイルが射殺するなど
残虐なシーンがたくさん出てきます。
昨年、世界に衝撃を与えた「IS」の蛮行を思わせる
殺略シーンもありました。

しかし、いちばんの見所は
壮絶な戦闘シーンではなく登場人物の心理描写です。
戦うアメリカとイラク、帰還した兵士と家族という
2つの軸が輻輳するような展開が緻密に出来ていて、
この映画は人間の心理ドラマであることが痛感できます。
イラク側の困窮な状況などもしっかりと描かれていました。
両国の兵士にも家族がいる。
家族を守ることは国を守ること。だから戦う。
仲間がやられたらやり返す。復讐が続く。
勝っても負けても、どちらも深く傷つく。
負の連鎖のフーガがまさにこの映画です。

戦場では英雄であっても、母国に戻ってからは
生死をかけて戦ったの極限状態から解放されたクリスは
アメリカに戻っても、戦争の心的後遺症で苦しみます。
血圧は異常に高く、いつも緊張状態。
運転中にミラーに映る車に落ち着かない。
子どもとじゃれ合う犬を殴り殺そうとする。
普通の生活が送れない。
異常行為が目立つようになっていました。
痛々しかったです。

私、この映画を見ながら
ベトナム戦争から帰ってきた帰還兵の心的外傷を描いた
「7月4日に生まれて」「プラトーン」「地獄の黙示録」「タクシードライバー」
「ディア・ハンター」「ランボー」などを思い出しました。
戦争では勝者はいないと強く思います。

エンドロールも印象的でした。
なぜならシーンだけが進み、音が無かったからです。
死者への鎮魂と祈り、戦争への怒りなどが
沈黙のスクリーンから感じられます。
とても重たい余韻でした。

映画の冒頭で、クリスの父親が
「世界には無力な羊と、羊を襲う狼と、羊を守る番犬がいる。お前は何になる?」
と息子に訊くシーンがありました。
アメリカやスパイナーのクリスはまさに番犬です。
日本は戦後、ずっと羊でしたが、
昨年の安保法案可決によって番犬にもなれるようになりました。
2015年は「戦前」の元年になるかもしれませんね。

この映画は、戦闘シーンはかなり刺激的ですが、
出演者の心理描写には過剰演出はありません。
むしろ淡々としていて、その余白を埋めるのは
その映画を見ている人という作り方になっています。
画面の色彩トーンは、
砂塵の白っぽさと闇の黒っぽさが残像として残っています。
これは出演者の心理と同調していると言えます。

今、世界の映画好きは、
新作の「スター・ウォーズ」を楽しんでいるようですが、
私はそれに反して、重厚な映画をみてしまい、
心的切り傷を負ってしまった感じですw。



余談ですが、Mixiの映画レビューで
以下のような、とてもおもしろいことを書いている人がいました。
かなり映画を見ている方のようです。

たったひとりで160人を殺すのが『アメリカン・スナイパー』
たったひとりを8人で救うのが『プライベート・ライアン』
たったひとりの少女と戦うのが『フルメタル・ジャケット』
たったひとりも常人がいないのが『地獄の黙示録』


https://www.youtube.com/watch?v=Av1UW0myxiA


編集に難アリの映画「海難1890」

2015.12.21.Mon.23:05
先週、最寄りのシネコンで
映画「海難1890」を見てきました。
ひとことで言えば、日本とトルコの友情を描いた映画です。

1890年、和歌山県串本町沖。
オスマン・トルコの親善使節団を乗せた
軍艦エルトゥールル号が座礁して大破、
海に投げ出された乗組員500名以上が暴風雨で命を落とす。
そうした過酷な状況下で、
地元住民が懸命の救援活動に乗り出す。
その95年後の1985年、イラン・イラク戦争中、
日本政府は危機的状況を理由に在イラン日本人の救出を断念。
そんな中、トルコ政府は日本人のために飛行機を手配し、
日本人の救出に尽力。
2つの内容が前半・後半で描かれています。

私、1993年に2週間ほどトルコを外遊したことがあります。
この時、エルトゥールル号の事故のことを
私、全く知りませんでしたが、
トルコでは教科書にのるぐらい
誰でも知っている話だったようです。
トルコの人たちがとても親日的でフレンドリーだった理由は
こういう歴史があったからなのでしょう。

映画を見る前から、内容が分かっていた映画なので、
ストーリーを追うよりも編集や演出に注目しながらみました。

編集についてはかなり残念でした。
映画は2部構成で、
前半が和歌山沖のトルコのエルトゥールル号の事故、
後半がイランのトルコ航空の日本人救出劇。
誰が見ても分かりやすい構成です。
しかし、悪く言うと前後半の事件が
別々の事件のような描き方です。
教科書的でおもしろみを薄めてしまった編集でした。

1890年の海難事故と、1985年の救出事件が
クロスオーバーするように編集した方が
もっと劇的な映画になったと思います。
撮影だけでなく、編集は映画づくりの重要な要素です。
もったいないと思いました。

私が偏愛する作家・福永武彦が書いた「海市」という小説は、
過去と現在のさまざまなエピソードが
バッハの平均律のフーガのように
追いかけ合い、重なりあって
最後になって全体像が分かる構成になっていました。

(野村芳太郎監督の映画「砂の器」も
現在と過去への遡行を上手に編集して
すばらしい作品に仕立てていましたよね。)

それと和歌山の遊郭や遊女の大活躍シーン、
トルコ軍艦の上官と下官の奇妙な友情とか全く無駄。
このような演出が全体の緊張感を削いでしまっていて、
何をしたいのかピントが合っていない感じでした。
人物の描き方も表面的でテレビ的。

映画のネタとしてはイイ素材なのに、
それを活かしきれない映画だと思いました。



下の画像は
カッパドキアでみたバベルの塔のような街の景観。
当時はデジカメはありません。
カメラやレンズが重かったな。
額装した写真をさらにデジカメで撮りました。

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