モリゾーの家?

2017.06.15.Thu.10:07
2週間ほど前に上京した時、
不思議な建物を発見しました。
それはファサードのほとんど蔦に覆われています。
かろうじて窓や扉など建具のみが露出しています。

その時、私は“愛・地球博”のキャラクターだった
「モリゾー」を思い出しました。似てますよねw。
この建物を私は心の中で「モリゾーの家」と命名。

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超芸術トマソン的な「純粋ドア」

2017.06.14.Wed.23:27
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私が建築学科の学生だったころ、
超トマソン芸術という概念が話題になったことがあります。
wikiでは、超トマソン芸術を
「不動産に付属し、
まるで展示するかのように美しく保存されている無用の長物。
存在がまるで芸術のようでありながら、
その役にたたなさ・非実用において
芸術よりももっと芸術らしいもの。
かつては役に立っていたものもあるし、
そもそも作った意図が分からないものもある。
超芸術を超芸術だと思って作る者はなく、
ただ鑑賞する者だけが存在する。」と説明しています。

先々週、東京へ出張した時のこと。
私が乗った東京行きの高速バスが
向島から一般道へ降りて信号待ちをしていた時、
車窓にトマソン芸術的なドアを発見しました。

歩道から1.5mぐらいのところに
取り残されたようについているドア。
人間サマが出入りすることを拒否しているかのよう…w。
機能を失っているので、私はそれを「純粋ドア」と呼びたい。
おそらく前面道路の拡幅で、こんな状態になったのでしょうね。

私、慌ててガラケーのカメラで撮ったのですが、
色合いがどことなく昭和的になっていました。

都市の隙間

2017.06.03.Sat.09:36
昨日は東京へ出張でした。
朝、8時前に家を出て、帰宅は0時半でした。
着替えたら、睡魔に襲われ
泥に沈むように寝てしまいました。

その日、10時半ごろ、浅草で高速バスを下車しました。
すこし時間があったので、久々に浅草駅周辺を散策。
和服を着た女性数人が写真を撮りあっていましたが、
会話が中国語でした。ビックリw。

ビルとビルのわずかな隙間から
スカイツリーが見え、シャッターを押してしまいました。
思わぬところで、思いがけないものが見えると楽しいです。
普通のビルがスカイツリーの額縁になっています。

建築関係者でありながら、
スカイツリーそのものには興味がないので、まだ昇っていませんw。
といいつつ、その日の上京の目的は建築の新技術の講習でした。

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夕方、食べたいものがあって渋谷の道玄坂へ。
路地にひっそりとある長崎ちゃんぽんのお店です。(ゴローごっこ)
見上げると夕刻の空が紐のようです。
なんとも言えない空の色。
ひと目を避けるようにあるたたずむ
このちゃんぽん屋はテレビの影響からか盛況でした。
下目線は路地に人がいっぱいですが、
上を見ると、夕空が切ない。

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東京の隙間から見えてくる表情は、
なかなか情感があってイイですね。

薬師寺東塔

2017.02.15.Wed.23:20
20時すぎ、夕食どきにTVを点けたら
奈良・薬師寺の東塔の1300年の歴史において
はじめて行われているという大修理の様子が映し出されていた。

槍鉋(やりかんな)を用いた宮大工さんの仕事ぶりや、
シロアリの被害が甚大な心柱の補修方法、
脆弱な地盤であることを考慮した基礎構造の刷新など
建築関係者としてはなかなか興味深かった。
基本理念である1300年の木を可能な限り残し、
いにしえの姿に限りなく近づけるという考えは素晴らしいです。

私、薬師寺東塔は昔から気になる建築のひとつです。
高校生の時の現代国語の教科書にあった
福永武彦の「飛天」というエッセイに感銘を受けたことがあります。
飛天とは塔の頂部の水煙にある透かし彫りになっている天女たちのことです。
飛天は笛を吹きながら永遠の音楽を奏でている…
というイメージに私はしびれました。
と同時に、その時の現国の教師が薬師寺関連の有名な短歌ということで
歌人・佐佐木信綱の以下の歌を教えてくれました。

ゆく秋の
大和の国の
薬師寺の
塔の上なる
ひとひらの雲

忘れっぽい私ですが、この短歌に限っては
今でもすらすら出てきます。
この歌の情景にぴったりだと思う音楽は
ドビュッシーの前奏曲集第1巻の4曲目、
「音と香りは夕べの空にめぐりくる」かな。

国立西洋美術館とミケランジェロの建築展の雑感

2016.07.24.Sun.11:08
ここ数年、建築の話題が報道でよく取り上げられるようになりました。
建築関係者の私としては、
建築の世間で注目されることは悪いことではないと思っています。

昨年は東京五輪の新国立競技場の高額な建設費が問題になり
当初のザハ案が破棄され、再コンペによって隈案に変更されました。

そして、先日、東京・上野の国立西洋美術館が世界遺産になりました。
世の中の人が建築家ル・コルビュジエの名前を知るだけでも意義はあります。
彼の作品や思想には私も影響を受けました。
近代建築の5原則やモジュロールの考え方は自分の仕事に身についています。
欧州やインドの彼の作品も行脚しました。
ただ世界遺産に選ばれたル・コルビュジエの17の作品の中で
西洋美術館そのものに関しては、「?」という気持ちは正直、まだ残っています。
その理由は以下の通りです。

①敷地を見るなどのために1度しか来日していないル・コルビュジエは、
スケッチや基本設計の後、日本人の弟子に実施設計や現場を任せてしまい、
極論すると、構想だけして他人が完成させた建築とも言えてしまうこと。

②当初の構想にあった展示室を螺旋状に増築していく
「無限に成長する美術館」の概念とは異なった増築がされてしまった。
竣工した姿を再来日して見に来ていない皮肉屋のル・コルビュジエが、
今の在りようをみたら「これは誰の設計ですか?」と言いそうw。

③ディテールの様相がかなり日本的に洗練されてしまっていて
ル・コルビュジエ特有の荒々しい素材感や大胆なディテールが見られない。
これは外遊で実際に見た彼の作品との比較で感じたこと。

でもまあ、建築に興味を持つ人が
これを契機に増えただけでもよい
と思うことにしようと思いますw。


先日、東京出張時に自分のための自由時間を1時間半捻出して
パナソニック汐留ミュージアムで
「ミケランジェロ展|ルネサンス建築の至宝」を見てきました。
建築に特化したミケランジェロの展覧会はおそらく日本初だと思います。
展示は4つの部門から構成されていました。
・芸術家としてのミケランジェロのデッサンや彫刻などの展示
・システィナ礼拝堂に特化した展示
・建築家としてのミケランジェロの作品(写真・図面・模型等)の展示
・ミケランジェロに影響を受けた日本人建築家の展示

私、イタリアへは2度の外遊をしました。
ミケランジェロの代表的な建築、彫刻、壁画、絵画等は
ローマやフィレンツェなどでほとんど見たつもりです。
だからこの展覧会は、とりあえず復習のつもりで行きました。

建築の展示に関しては、そこそこ知っているものばかりなので
模型や映像などを見ながら、実作を思い出すのは楽しかったです。

おっ!と思ったのは、建築じゃなくて彫刻の方でした。
ベルギーの教会にある「ブリュージュの聖母」が展示されていたこと。
これが展示されているとは知らなかった。

残念ながら複製彫刻ではあるけれど、
実作とほぼ同等のものと考えてよさそうです。
ただ、世界の至宝と行ってよい
ピエタ像やモーゼ像、ダヴィデ像などに比べてしまうと
ちょっともの足りない感じがしました。

なぜ私が「おっ!」と思ったかというと
昨年みた映画『ミケランジェロ・プロジェクト』の題名にあるミケランジェロとは
「ブリュージュの聖母」のことを表現していたからです。
ミケランジェロの「ブリュージュの聖母」などをナチから取り返すプロジェクト
と言い換えることができます。

その映画の内容は、
第二次大戦中にナチが強奪した「ブリュージュの聖母」をはじめとする美術品を
連合軍側の美術の専門家たちのチームが奪還するという内容でした。
戦争映画の外伝的なもので、戦闘シーンはほとんどない異色作。
この展覧会で、いままで見たことがなかった「ブリュージュの聖母」を
複製であっても、どんな感じのものなのかを知り得ただけでも成果でした。

この彫刻の側にいたスタッフに
「この彫刻は、昨年公開されたミケランジェロ・プロジェクトという映画の
代名詞になったものですよね?」と訊ねたら、
「その映画、見ていません」という答えでちょっとガッカリw。

ル・コルビュジエの弟子が完成された西洋美術館の
世界遺産登録に違和感を覚える一方で、
ミケランジェロの複製をみてそれなりに満足する私、
ものの見方にブレがあるのかなぁと思ったりしてみたw。

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