薬師寺東塔

2017.02.15.Wed.23:20
20時すぎ、夕食どきにTVを点けたら
奈良・薬師寺の東塔の1300年の歴史において
はじめて行われているという大修理の様子が映し出されていた。

槍鉋(やりかんな)を用いた宮大工さんの仕事ぶりや、
シロアリの被害が甚大な心柱の補修方法、
脆弱な地盤であることを考慮した基礎構造の刷新など
建築関係者としてはなかなか興味深かった。
基本理念である1300年の木を可能な限り残し、
いにしえの姿に限りなく近づけるという考えは素晴らしいです。

私、薬師寺東塔は昔から気になる建築のひとつです。
高校生の時の現代国語の教科書にあった
福永武彦の「飛天」というエッセイに感銘を受けたことがあります。
飛天とは塔の頂部の水煙にある透かし彫りになっている天女たちのことです。
飛天は笛を吹きながら永遠の音楽を奏でている…
というイメージに私はしびれました。
と同時に、その時の現国の教師が薬師寺関連の有名な短歌ということで
歌人・佐佐木信綱の以下の歌を教えてくれました。

ゆく秋の
大和の国の
薬師寺の
塔の上なる
ひとひらの雲

忘れっぽい私ですが、この短歌に限っては
今でもすらすら出てきます。
この歌の情景にぴったりだと思う音楽は
ドビュッシーの前奏曲集第1巻の4曲目、
「音と香りは夕べの空にめぐりくる」かな。
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国立西洋美術館とミケランジェロの建築展の雑感

2016.07.24.Sun.11:08
ここ数年、建築の話題が報道でよく取り上げられるようになりました。
建築関係者の私としては、
建築の世間で注目されることは悪いことではないと思っています。

昨年は東京五輪の新国立競技場の高額な建設費が問題になり
当初のザハ案が破棄され、再コンペによって隈案に変更されました。

そして、先日、東京・上野の国立西洋美術館が世界遺産になりました。
世の中の人が建築家ル・コルビュジエの名前を知るだけでも意義はあります。
彼の作品や思想には私も影響を受けました。
近代建築の5原則やモジュロールの考え方は自分の仕事に身についています。
欧州やインドの彼の作品も行脚しました。
ただ世界遺産に選ばれたル・コルビュジエの17の作品の中で
西洋美術館そのものに関しては、「?」という気持ちは正直、まだ残っています。
その理由は以下の通りです。

①敷地を見るなどのために1度しか来日していないル・コルビュジエは、
スケッチや基本設計の後、日本人の弟子に実施設計や現場を任せてしまい、
極論すると、構想だけして他人が完成させた建築とも言えてしまうこと。

②当初の構想にあった展示室を螺旋状に増築していく
「無限に成長する美術館」の概念とは異なった増築がされてしまった。
竣工した姿を再来日して見に来ていない皮肉屋のル・コルビュジエが、
今の在りようをみたら「これは誰の設計ですか?」と言いそうw。

③ディテールの様相がかなり日本的に洗練されてしまっていて
ル・コルビュジエ特有の荒々しい素材感や大胆なディテールが見られない。
これは外遊で実際に見た彼の作品との比較で感じたこと。

でもまあ、建築に興味を持つ人が
これを契機に増えただけでもよい
と思うことにしようと思いますw。


先日、東京出張時に自分のための自由時間を1時間半捻出して
パナソニック汐留ミュージアムで
「ミケランジェロ展|ルネサンス建築の至宝」を見てきました。
建築に特化したミケランジェロの展覧会はおそらく日本初だと思います。
展示は4つの部門から構成されていました。
・芸術家としてのミケランジェロのデッサンや彫刻などの展示
・システィナ礼拝堂に特化した展示
・建築家としてのミケランジェロの作品(写真・図面・模型等)の展示
・ミケランジェロに影響を受けた日本人建築家の展示

私、イタリアへは2度の外遊をしました。
ミケランジェロの代表的な建築、彫刻、壁画、絵画等は
ローマやフィレンツェなどでほとんど見たつもりです。
だからこの展覧会は、とりあえず復習のつもりで行きました。

建築の展示に関しては、そこそこ知っているものばかりなので
模型や映像などを見ながら、実作を思い出すのは楽しかったです。

おっ!と思ったのは、建築じゃなくて彫刻の方でした。
ベルギーの教会にある「ブリュージュの聖母」が展示されていたこと。
これが展示されているとは知らなかった。

残念ながら複製彫刻ではあるけれど、
実作とほぼ同等のものと考えてよさそうです。
ただ、世界の至宝と行ってよい
ピエタ像やモーゼ像、ダヴィデ像などに比べてしまうと
ちょっともの足りない感じがしました。

なぜ私が「おっ!」と思ったかというと
昨年みた映画『ミケランジェロ・プロジェクト』の題名にあるミケランジェロとは
「ブリュージュの聖母」のことを表現していたからです。
ミケランジェロの「ブリュージュの聖母」などをナチから取り返すプロジェクト
と言い換えることができます。

その映画の内容は、
第二次大戦中にナチが強奪した「ブリュージュの聖母」をはじめとする美術品を
連合軍側の美術の専門家たちのチームが奪還するという内容でした。
戦争映画の外伝的なもので、戦闘シーンはほとんどない異色作。
この展覧会で、いままで見たことがなかった「ブリュージュの聖母」を
複製であっても、どんな感じのものなのかを知り得ただけでも成果でした。

この彫刻の側にいたスタッフに
「この彫刻は、昨年公開されたミケランジェロ・プロジェクトという映画の
代名詞になったものですよね?」と訊ねたら、
「その映画、見ていません」という答えでちょっとガッカリw。

ル・コルビュジエの弟子が完成された西洋美術館の
世界遺産登録に違和感を覚える一方で、
ミケランジェロの複製をみてそれなりに満足する私、
ものの見方にブレがあるのかなぁと思ったりしてみたw。

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似ているかも…w。

2016.02.14.Sun.14:16
ベンツのテレビCMに一瞬、アメリカ西海岸にあるソーク生物学研究所が映りました。
この建築は私が尊敬する建築家ルイス・カーンの設計。
ルイス・カーンは、ガウディやル・コルビュジエほど有名じゃないので、
建築の設計業界外の方は知らない方が多いはずです。
だから、私はCMにこの建築が映った時にとてもビックリしました。

私はカーンの建築のファンのひとりなので、
彼の作品をみるために、はるばるインドやバングラデシュへ行ったことがあります。
この画像は、彼が設計したダッカのバングラデシュ国会議事堂です。
まる、さんかく、しかくは開口部になっています。
この時は、池の鏡面を意識して撮りました。
この写真を久々に見ながら気がついたことがあります。

最近、友人のヴィオリニストに依頼され、
ヴァイオリン・リサイタルのためにプログラムをデザインしました。
下の画像は、その表紙と裏表紙です。

両者、様式感が似ているような気がする。
まる、さんかく、しかくを使っているし、
コンクリート打ち放しと利休ネズミ色は同系色。
決して真似をしたわけではありません。
私とカーン、使うかたち、色の嗜好が似ているということでしょうかw。
無意識のうちにルイス・カーンの影響が
私に刷り込まれているのかなw。

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弟子は師に似る…カマキンにて

2016.01.29.Fri.23:52
1/27に片道3時間半かけて鎌倉へ行ってきました。
今月末で閉館する
神奈川県立近代美術館鎌倉館(通称・カマキン)をみるためです。
65年前に鶴岡八幡宮境内に開館しました。
戦後5年目にできた、わが国最古の近代技術館です。

私が横浜市鶴見区に住んでいた時はよく行っていましたが、
それでも20年ぶりの訪問となりました。

設計したのは坂倉準三氏。
65年も経っているのに、それほど古さを感じないのは、
デザインだけでなく、
内部j区間と外部の自然を自由自在につないだ
巧みな空間構成にあると思います。
前庭からのアプローチ階段、
2階の展示空間を出た時の中庭の広がり、
1階の平家池に面したテラスなど、
いきいきとした空間に触れることができます。
下の写真は、今回撮ってきたものです。

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私が建築学科1年生の時のころといえば
ポストモダンの終焉も近く、
脱構築主義の萌芽がみえはじめたころです。
ですが、大学の授業では
近代モダニズムを最初に学びます。

ル・コルビュジエ、フランク・ロイド・ライト、ミース・ファン・デル・ローエら
三大巨匠の作品の写真や図面をみながら、
建築模型をつくる実習がありました。
その時、日本の近代建築の作品集でカマキンを知りました。
第一印象は、「カマキンって、サヴォア邸に似てる!」。
設計者の坂倉準三氏がル・コルビュジエの弟子なので、
デザインが似てるのは
自然といえば、自然ですが…。
建築学科1年生にとっては新鮮なことでした。

下の写真は2002年秋にパリ郊外のポワシーにある
サヴォア邸を訪れた時のものです。

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サヴォア邸は85年前に竣工。
カマキンとは20年のひらきです。
ル・コルビュジエは近代建築の五原則、

ピロティ、
屋上庭園、
自由な平面、
独立骨組みによる水平連続窓、
自由な立面

を提唱しましたが、この考え方は
サヴォア邸が特によく出ていると考えられています。
実際にサヴォア邸をみた後にカマキンをみると、
この五原則を念頭において設計されていることが
いっそう、よく分かりました。

一方で、ル・コルビュジエが考えた
モジュロールという寸法や比例の考え方も
ディテールの寸法や建物全体のプロポーションをみれば
これも師の教えを踏襲していることが分かります。

これら以外では、
2階部分を上部に持ち上げて反重力的で軽やかなファサード、
内と外、1~2階のつながりを感じさせる空間構成、
人の動きを意識したスロープや階段のデザイン
建築の色が「白」を採用
など、類似点があげられます。

坂倉氏の設計が、ル・コルビュジエに似たところが多いのは、
師弟関係だったところが大きいと思いますが、
実際、私たち建築設計に携わるものたちも、
ル・コルビュジエの書物や
「近代建築の五原則」や「モジュロール」の考え方に
つよく影響を受けていることは明らかです。
ル・コルビュジエ自身も、若い時の旅でみた
ギリシアの神殿群に影響を受けたことを書いています。
列柱や白い建物はその現れです。
サヴォア邸は、どことなく
パルテノン神殿の雰囲気を持っているような気がしませんか。

建築って、
影響を受け、一方で影響を及ぼしながら、
なにか新しいものを積み上げていることで
歴史がつくられているように思えます。

東福寺にて

2015.11.09.Mon.21:24
10/29、茨城空港と発ち神戸空港に着いたのが正午前でした。
ポートライナーとJRを乗り継いで、JR東福寺駅に着いたのは13時半ごろ。
東福寺に来るのは25年ぐりぐらいです。

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東福寺は、屋根がある通天橋から見る紅葉が有名ですが、
私が見たかったのは方丈庭園です。
この庭園は、昭和13年に作庭家・重森三玲がデザインした
「八相の庭」と呼ばれる枯山水の庭です。
4年ほど前、東京・外苑前のワタリウム美術館で開催された
重森三玲展でこの庭のことを知り、ずっと見たいと思っていました。

東庭は「北斗七星の庭」と呼ばれ、
東司(トイレのこと)の礎石の余材を利用しています。
雲文様の地割に配している。
星座の形を作庭に取り込んだデザイン、
私はここしか知りません。

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南庭 は、荒海の砂紋の中に
蓬莱、方丈、瀛洲、壺梁の四仙島を表現した配石で、
右方には五山が築山として表現されています。
京都には枯山水の庭はいろいろありますが、
長い石を横に寝かた事例はほとんど例がないそうです。

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もっとも有名なのは、
北庭の南の恩賜門内にあった敷石を利用し、
石と苔を幾何学的な市松模様に配した「小市松の庭」。
向かって左側には規則性のある市松模様ですが、
右側の方へ歩いていくと、どんどんと市松模様が崩れていき
最後には散り散りになって石が消えていきます。
これは釈迦の入滅までを表したものだそうです。

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東福寺の方丈庭園のモダンでいいですね。
しかも端材や余材を使うこともエコですね。
非常に現代的な感覚で作られた庭だと思います。

市松模様というと、
桂離宮の松琴亭の襖が有名です。
重森三玲は桂を見ていないはずがありません。
この桂のデザインが、東福寺に引用されていることは
まちがいないと思います。

世界的に有名な造園家ピーター・ウォーカーは
幾何学的なデザインが得意ですが、
彼は小市松の庭を見ていないわけないと思われます。

真似ということではなく、
デザインを引き継ぐことで
新しいものが生まれるための
連綿としたつながりを感じます。

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東福寺を後にして
京博で行われている「琳派展」をみました。
重文|鶴下絵三十六歌仙和歌絵巻が展示してありました。
これは本阿弥光悦の書、俵屋宗達の下絵というコラボ作品。
金銀泥と、墨によって構成されています。
余白の取り方など、画面構成が非常にたくみな作品です。
書のバランスもすばらしい。
(こんな字を書いてみたいと、悪筆の私は思いました。)

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お恥ずかしい話ですが、
私が昨日、常陸太田市のおにぎりコンテストに提出した「いもにぎり」、
実はこの絵巻物の色彩感を思い浮かべながら作りました。

金がサツマイモと油揚げ、
余白と銀が常陸太田産のコシヒカリ「みずほちゃん」、
塩こんぶが墨。

琳派ファンに怒られてしまうかも…。
適当につくるよりも、キレイなものを意識したほうが
うまくできるかなと考えたからです。
小市松の庭と桂離宮の類似性とは
比較になりませんけど…。

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