河村尚子|ピアノリサイタル@浦安音楽ホール

2018.02.15.Thu.17:21
■河村尚子の現在(いま)を聴く~ベートーヴェンを中心に~
■2018年2月12日(月)14時@浦安音楽ホール
■ピアノ:河村尚子
♪バッハ:「羊は安らかに草を食み」
♪バッハ:パルティータ 第1番 変ロ長調 BWV 825
♪ブラームス:間奏曲イ長調op118-2
♪ブラームス:バラードト短調op118-3
♪ブラームス:間奏曲ホ長調op116-4
♪ブラームス:奇想曲ト短調op118-3
 【休 憩】
♪ベートーヴェン:ピアノソナタ 第8番 ハ短調 Op.13「悲愴」
♪ベートーヴェン:ピアノソナタ 第14番 嬰ハ短調 Op.27-2「月光」
 【アンコール】
♪バッハ=ケンプ編:フルートソナタ第2番変ホ長調BWV1031~シチリアーノ

建国記念日の振替休日の月曜日、午前中は竹橋の近美で「熊谷守一展」をみた後、午後から昨年できたばかりの浦安音楽ホールで河村尚子のピアノリサイタルを聴きました。河村のリサイタルを聴くのは3回目ですが、5~6年ぶりです。今回のリサイタルはバッハ、ベートーヴェン、ブラームスというドイツの大作曲家「3B」が演奏されます。入場してプログラムをみると、バッハの曲順の変更と、ブラームスのピアノ曲の追加などが目に留まりました。

最初に静かに弾かれたバッハの「羊は安らかに草を食み」は、彼の世俗カンタータのソプラノのアリアをピアノ独奏に編曲したもの。前奏の柔らかい響きはオルガンのよう。歌うように美しいメロディが紡がれました。右手の和音は風が葉を揺らす音のよう。森の中で聴いているようなゆらぎ(1/f)感じます。たしかこの曲はFM「朝のバロック」のテーマ音楽でした。2曲目のパルティータ1番は、間髪入れずに続けて演奏されました。第1曲のプレリュードのトリルは鳥のさえずりのよう。情感的な音のつながり方が滑らかでうまい!と思いました。パルティータはきわめて明晰な演奏で、聴く者の心が整うものでした。

次のブラームスの4曲は最晩年の渋い演目なのに、河村が弾くと5月の緑のような瑞々しさが感じられます。特に間奏曲イ長調は、昼のまどろみの中で、ゆったりと豊かな時間をすごしているような気持ちになります。しかし長調・短調の明暗が入れ替えをしながら4曲が続いて演奏されましたが、心がざわつく波乱の予感がして前半終了。河村はブラームスやシューマンなど内声の響きが厚い曲の演奏、うまいですね。

この時、リサイタルの全容がなんとなく分かった気がしました。前半は朝と昼の音楽。後半は月光ソナタがあるから夜。音楽で一日の時間のうつろいを表現しているのだろうか?と考えてた。そう思う理由は、初めて河村の演奏をつくば市で聴いた時、複数の作曲家の曲をたくみに配列しながら、文学的な香りを感じさせる演奏を聴かせてくれたからです。

後半の一曲目はベートーヴェンの悲愴ソナタ。超有名曲!(私が学生の時、友人に教えてもらってなんとか第2楽章のアンダンテ・カンタービレを弾けるようになったというエピソード付きw。)河村が弾いた悲愴の冒頭、びっくりしました。他のピアニストとはまったく異なる弾き方。楽譜には冒頭の和音をフォルテピアノと記されています。ガーンと和音を響かせた後、物理的に音が弱まるまでをフォルテピアノと解釈した考えで弾く人が多いと思います。逆放物線の右半分のイメージです。一方で、河村はガンとアクセントを聴かせて響かせた後、瞬間にペダルを離して急速の音を弱めてしまった。それが音で断絶の壁をつくるかのよう。このような弾き方を聴いたのは初めてです。楽譜をみる限りは、それもアリのような気がしますが、その時はあまり受け容れられない気分でした。演奏そのものは、冒頭の和音が起爆剤というか、推進力がともなってグイグイと迫ってきました。有名な第2楽章も歌うというより、早めのテンポで通過していってしまった印象。情感に乏しいように思われました。

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しかし次の月光ソナタになると、一転して「音の風景画家」のように情感豊かな演奏に戻っていました。テンポもやや早めだったかも。
演奏を振り返ると、このリサイタルはバッハが「起」、ブラームスが「承」、悲愴ソナタが「転」、月光ソナタが「結」、つまり起承転結という構成のようです。そう考えるのなら私にとっては新解釈の河村の悲愴ソナタの演奏はなるほど!と思えますが、はっきり言って、あの悲愴ソナタは個人的にはあまり好きじゃないです。
河村は6月からベートーヴェン・シリーズをはじめると訊いています。当初、行くつもりでしたが、今回の彼女の演奏を聴いて迷いはじめました。

最後に、はじめて聴いた浦安音楽ホールのことを書きます。約300人収容でシューボックス型の音楽専用ホール。ホールもそれなりに容積があり、残響は空席なしで1.8秒程度。客席構成がユニーク。1階席、その後方に中2階の席、そして2階席(バルコニー席を含む)。私が聴いた日は80%ぐらいの入り。私は2階のセンターの最前列でしたが、ピアノの響きもそれなりに明瞭でまあまあの音響だと思いました。
しかし、観客のマナーが最悪でした。演奏中、ペットボトルで水を飲む人がいてビックリ。キャンディをなめる人は多数。おしゃべりをする人、不愉快なビニル袋のカサカサ音。私、がっかりしました。さすがに演奏中に水飲みはまずいと思って係員にその旨を告げました。演奏中、スタッフはホール内にはいませんでした。このホールは、出来て日が浅いとはいえ、よき聴衆を育てる努力を怠っているようですね。誰も聴いていない館内放送をするだけでは駄目です。集客はよくても、クラシックの音楽会に行き慣れているような雰囲気の人はあまりいなかったかも。よい演奏会というのは、演奏者、観客、ホールの3要素が揃わないと成り立ちません。そういう点では、この浦安音楽ホールはまだまだですね。

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藤田真央ピアノリサイタル@佐川文庫

2018.02.11.Sun.21:47
■藤田真央ピアノリサイタル
■2018年2月10日(土)18時~@佐川文庫
モーツァルト:ピアノソナタ第8番イ短調K.310
ベートーヴェン:ピアノソナタ第32番ハ短調op.111
【休 憩】
♪ショパン:アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズop.22
♪ショパン:ピアノソナタ第3番ロ短調op.58
【休 憩】
♪シューマン=リスト編:献呈
♪ショパン・ポロネーズ第6番変イ長調 op.53「英雄」
♪モシュコフスキ: 火花(8つの性格的小品 作品36の6)
♪ショパン:夜想曲第20番嬰ハ短調(遺作)

昨夜、東京音大1年生の藤田真央氏のピアノ・リサイタルを佐川文庫で聴いてきました。彼の演奏を聴くのは2度目。それは1年半前の彼が高2の時。故中村紘子氏の推薦で佐川文庫の若手ピアニストシリーズに登場した時です。その時の印象は音の線が細く、全般的に響きに物足りなさがありイマイチ感がありました。その後、2017年のクララ・ハスキル国際ピアノコンクールで優勝したというので、どのぐらい成長したのか聴いてみたいと思いました。
結論から言うと、飛躍的に成長していて驚きました。まず左手のバスの音がよく響き、全体的な音バランスがよかった。それと「木の箱」としてのピアノを豊かに鳴らすような弾き方をしていました。彼のツイッターをみると、昨年末、ネイガウスの弟子のエリソ・ヴィルサラーゼに師事していたようです。ロシアの奏法にどこまでふれたのかは分かりませんが、ロシア・ピアニズムに近い響きを感じました。会場となった佐川文庫の200人収容のホールはフルコンのグランドピアノを演奏するには容積が足りず、鍵盤を叩きすぎると音がガンガン響く特徴があるので、聴く時は席を慎重に選ぶ必要があります。私が聴いた後方の席からは木の内装のホールと彼が弾く木の箱からの響きがよく共鳴しているような響きが感じられました。このホールで聴いたどのピアニストよりも、ホールとよくマッチングしているように感じられました。

プログラムは前半がドイツ音楽、後半がショパンという対比。
前半のモーツァルトの8番とベートーヴェンの32番、この2つを並べると、どちらも「苦悩から解放される心の動き」というニュアンスがあるように私には思えます。
モーツァルトの8番の冒頭の左手の刻みが、びっくりするぐらい重い響き。次のベートーヴェンの32番を睨んだ弾き方を狙ったのでしょうか。ウチにあるピリシュ、内田光子らのCDを聴いてみましたが、彼の演奏は誰とも似ていませんでした。つづく緩徐楽章はとてもよく歌っていましたし、第3楽章の明暗の対比や対位法的なところはよかったです。3楽章は映画「ピアノの森」のラストで、主人公の少年がコンクール本番で、普通の上手い演奏を途中で止め、自分の流儀の規格外の演奏をするというシーンがありましたね。ベートーヴェンの32番、それなりにまとめていたとは思いますが、19歳が弾くにはまだ若すぎるかな…とは思いましたが、チャレンジ精神は買います。
後半のショパンの3番は、2週間前にショパンコンクールの覇者チョ・ソンジンの演奏を聴いたばかりです。ソンジンの演奏は、手垢がついているかのようによく弾き込まれた充実した演奏でした。一方で藤田氏の演奏の印象は、この曲を初めて弾いたかのようなフレッシュ感、瑞々しさがありました。この「初めて弾いたような…」とうい感覚は、このリサイタル全般的に及んでいました。これは彼の特筆すべきタレントなのかもしれません。
まだまだ子供のようなあどけなさが残るピアニストですが、さらなる研鑽を期待しています。奇しくも、明日1/12は彼と同じくクララ・ハスキル国際ピアノコンクールの覇者・河村尚子のリサイタルを東京で聴いてきます。このコンクールの歴代優勝者の顔ぶれを見ると、テクニックよりも深い音楽性を真骨頂としている方が多いような気がしますね。

リサイタルの後、会場を速攻で出て、遠方からきていた仕事仲間を水戸駅でピックアップし、大洗で茨城の海の地魚を食べてきました。耳と舌が喜ぶ土曜日となりました。

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読響いわき公演「ドヴォルザーク・プロ」

2018.02.06.Tue.12:52
在京のオーケストラで、最近、読響の評判が良いようです。機会があれば聴いてみたい!と思っていました。いわき芸術文化交流館「アリオス」からのDMで、読響の特別公演(指揮・大友直人)があることを知りました。ただ“ドヴォルザーク・プログラム”ということちょっと…。なぜなら私はドヴォルザークの音楽がそれほど好きではない。(CDも10枚ぐらいしか持っていません。おそらくベートーヴェンはその30倍ぐらい持っているかもしれませんw。)演目はチェロ協奏曲と「新世界」。どちらも超有名曲。それでも“読響の現在”を聴きたい気持ちがまさりました。いわき市はわが家から車で北へ70分ぐらい。公演は夕方からだったので、途中、いろいろ立ち寄りながら福島県まで行ってきました。

オケのメンバーが着席すると、コンマスは長原幸太。チェロ主席が遠藤真理。オッ!と思いました。長原は数年前、水戸室内管の定期で客演していました。並みいるメンバーの中のひとりでしたが、ボウイングが滑らかで歌うよう…。際立った弾き方だったので注視していた音楽家です。遠藤は日曜午後のFM番組「キラクラ」のMCで有名ですが、もともとはソリスト格の音楽家。読響も都響のように弦セクションのトップをソリスト・クラスにしてきたようですね。

前半は、ドヴォルザーク作曲のチェロ協奏曲。独奏者は水野優也。彼は桐朋音大に在学生。繊細で生真面目、端正な演奏だとは思いました。しかし楽器が朗々と鳴っている感じがしない。豊かな響きが聴けなくてがっかりしました。第3楽章のヴァイオリンとチェロの二重奏では、水野は長原に圧倒されていました。彼はまだ協奏曲を人前で弾くには早いと思いました。私がこの曲を最後に聴いたのは30年ぐらい前の東京文化会館、ムスティスラフ・ロストロポーヴィッチの独奏、小澤征爾指揮&新日本フィルの特別演奏会でした。あの時のチェロは凄かった。最上階までチェロの音が響いていました。

後半は、交響曲第9番ホ短調「新世界」。第2楽章は「遠き山に陽は落ちて…」で有名な旋律がありますね。この演奏は満足しました。弦はなかなかの厚みとアンサンブルも緻密。コンマスの長原は常に後方を気にしながら、弦を統率しているように見えた。木管の響きもまあまあ。(第2楽章のセカンドオーボエの方、オーボエとコールアングレを忙しく持ち替えながら大変でしたね。)ホルンは特に良かった。この曲は人気曲でもあるので、十分に演奏をし慣れている感じがしましたね。大友直人は指揮棒なし。比較的、オケのメンバーに自由に弾かせ、要所だけは押さえた指揮ぶりでした。それとこの曲がある意味でベートーヴェン的なところを意識させるようなところがティンパニーの叩かせ方や主題労作的なところの弾かせ方に感じました。そういえば第4楽章は、第1~3楽章の主題動機を上手に再登場させています。これはまさに「第九」の第4楽章と手法は同じですね。大友の指揮でちょっと気になったのは、フレーズをちょっと引っ張るようなところでしょうか。会場は、第4楽章の「鉄道オタク」のドヴォルザークが喜びそうな、蒸気機関車がゆっくりと力強く車輪を動かしながら疾走しようとする壮大な音風景に拍手喝采でした。

読響、まあまあ良いじゃん!
機会があれば、東京のホールで聴いてみたいと思いました。

■読売日本交響楽団いわき公演
■2018年2月4日(日)17時~@いわき芸術文化交流館アリオス
■大友直人指揮&読売日本交響楽団 チェロ独奏:水野優也
♪ドヴォルザーク:チェロ協奏曲ロ短調op104
(ソリスト・アンコール)
♪バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番からプレリュード
【休憩】
♪ドヴォルザーク:交響曲第9番ホ短調「新世界より」op95
(アンコール)
♪ドヴォルザーク:交響曲第8番ト短調op88から第3楽章

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チョ・ソンジン| ピアノリサイタル@水戸

2018.01.28.Sun.10:00
■チョ・ソンジン| ピアノリサイタル
■2018年1月24日(水)@茨城県民文化センター
♪ベートーヴェン:ピアノソナタ第8番ハ短調op.13「悲愴」
♪ベートーヴェン:ピアノソナタ第30番ホ長調op.109
【休 憩】
♪ドビュッシー:「映像」第1集
♪ショパン:ピアノソナタ第3番ロ短調op.58
【アンコール】
♪ショパン:スケルツォ第2番 変ロ短調 Op.31
♪リスト:パガニーニによる大練習曲S.141から第3番嬰ト短調「ラ・カンパネラ」

1/24の極寒の夜、水戸の茨城県民文化センターで韓国出身のチョ・ソンジンのピアノ・リサイタルを聴いてきました。彼の生演奏を聴くのは4度目です。それぞれのリサイタルにおける私の印象が少しずつ異なることがちょっとおもしろいw。

最初が2010年3月、佐川文庫@水戸。浜松ピアノコンクールでのソンジンの演奏を聴いた故中村紘子氏の推薦で実現した15歳のデビュー・リサイタル。その時の演奏に私は驚愕。特に「熱情ソナタ」は荒削りながら、高揚感に満ちた感動的な演奏で、真面目に研鑽を積んだら、将来すばらしい音楽家になるにちがいないと確信しました。
二度目は2014年10月の浜離宮朝日ホールのリサイタル。著名なコンクールへ出場を目指していることが感じられる演奏。モーツァルトやシューベルトの曲を弾いても、表現のニュアンスの中にショパン臭が見え隠れしていました。
三度目は2015年のショパン・コンクール優勝直後の2016年2月、佐川文庫@水戸。ショパン・コンクール優勝の凱旋リサイタルとなりました。しかし私はあまり感動できなかった。音もキレイでミスが少ない演奏であったけれど、アスリート的な演奏で、本来の自分の音楽を見失っている印象を持ちました。
そして今回が四度目。やっとコンクール垢が取れてきて、ようやく音楽家としてリスタートできた印象を持ちました。作曲家の意図を彼自身の言葉で語ろうとする姿勢が感じられました。

前半はベートーヴェンの初期の8番と最晩年の30番。
8番。第一楽章のはじまりの打撃の和音、その直後のわずかな間が絶妙。楽譜にはない余白が音楽に成っていた。図と地を意識した弾き方がとてもおもしろい。その後、緊張感を保ったまま非常にゆったりとしたテンポで進行しながら、徐々に疾走をしはじめました。第三楽章は、疾走しながらも、「悲しみよ、さようなら」と言わんばかりの諧謔的な表現が見え隠れする洒脱な演奏。全体的にサラッと演奏されました。しかしそれは8番の終わりと30番のはじまりをうまくリンクさせるための意図だったのかなと思いました。当初、8番と30番を並べてられたことが「冒険」のように見えましたが、なるほど!いろいろ考えて弾いていたようです。この30番でも、音符と音符の「間」を意識した演奏。時間と空間は対義語であるけれど、時間芸術の音楽に、空間的なものが感じられると表現に奥行きのようなものが出るものです。また、8番の最終楽章と、30番の第一楽章の冒頭は、左右の手がまるで対話あるいは呼応しているかのような箇所がありますが、私は曲をまたいで対比的に弾く意図を感じました。私、ベートーヴェンの8番と30番と続けて弾くことに、ピアニストとしての意気が感じられ、頼もしく感じられました。20代前半の等身大のベートーヴェンの演奏としては、なかなか良いと思いました。15歳の「熱情ソナタ」を聴いて以来、私はソンジンが生来の「ベートーヴェン弾き」と思っています。

ベートーヴェンの30番の最終楽章の厳格な変奏曲の後、休憩はさんでフランスの香りがするドビュッシーの「映像」第1集」とショパンの第3ソナタ。
私は音で空間を描くようなドビュッシーの音楽が好きです。「映像」はミケランジェリの歴史的な名盤があります。ガラス細工のような繊細でキラキラした演奏。ソンジンはもともと透明感があるキレイな音色の持ち主なので、その特徴は出ていましたが、それ以上に、旋律ラインを太めの音でたっぷりと弾いていたのが斬新でビックリでした。これはクラウディオ・アラウの演奏と印象が同じもの。ベートーヴェン弾きのアラウが弾くドビュッシーっておもしろい…と思っていましたが、ソンジンにもアラウににた音楽的な感性があるのかなと感じました。ミケランジェリの演奏がパステルの色彩で輪郭が曖昧なモネ系とするなら、アラウは色彩的で輪郭がはっきりしたゴーギャンでしょうかw。
最後はショパンのソナタ第3番。ショパン・コンクールの覇者だけあって、よく弾き込んだ跡が感じられました。ショパンがあまり好きじゃない私でも、まあまあ受け容れられた演奏でした。歌い過ぎず、全体の構成を見据えた演奏。最終楽章は、若々しい高揚感で溢れていて、場内は熱狂の渦でした。

アンコールは2曲。ショパンのスケルツォ第2番とリストの「ラ・カンパネラ」。この2曲は8年前の佐川文庫におけるデビュー・リサイタルでも弾かれた曲。この思い出の曲を水戸でまた聴けたというのは感慨深いものがありました。

最後にソンジンの演奏を聴いて2つ言い残したことがあります。
①前半と後半のプログラムを入れ替えた方が、ソンジンの個性が出たと思います。「ショパンコンクールの覇者」という枕詞から脱し、いちばん弾きたいと感じられた音楽をメインにした方がよいと私は思っています。
① アノの音は、透明感があってキレイ。しかしやや硬質感がある。ピアノの鍵盤を叩いているという一印象があります。これは私の嗜好にすぎませんが、ロシア出身のピアニストに見られる「木の箱」を響かせる感じが出て来ると、もっといい。ロシア的な奏法を学ぶと、より表現のでるのではないかと思いました。

無人島の3枚(モーツァルト編)

2018.01.27.Sat.21:58
本日1/27は神童モーツァルトの誕生日。私、好きな作曲家の誕生日はだいたい記憶しています。ちなみに楽聖ベートーヴェンは12/16頃、歌曲の王シューベルトは1/31。なぜか3人とも冬に生まれています。音楽は心の栄養のようなもの。彼らが生まれなかったら人類の歴史が変わっていたかもしれませんw。
せっかく機会なので“無人島の3枚”をモーツァルトの作品で考えてみました。ケッヘル番号だけで数えると600曲以上の作品があります。無人島でモーツァルトの作品を聴いて過ごすことを想像すると、好きな曲というよりも、どんな曲が必要か考えてみることも必要でしょう。ジャンルだででも、交響曲、管弦楽曲、協奏曲、室内楽曲、ピアノ曲、オペラ、声楽曲、宗教曲。(今回は交響曲全集、ピアノ協奏曲全集のような全集系はNG。ただしオペラは1曲認定。とルールを設けました。)
よくある交響曲第40番と41番のカップリングCDはあるけれど、モーツァルトの交響曲って、彼の音楽の本質的なものになりうるだろうか?「レクイエム」は名曲だけど、無人島で聴くには絶望的すぎるw。私見ですが、モーツァルトの音楽の核であり、いちばん熱心に作曲したジャンルってピアノ協奏曲とオペラではないでしょうか。
無人島のひとりぼっち状態を想像すると、やはり人恋しくなるのでオペラで人の声が聴きたくなりそう。また寂しいと長調より短調の曲が聴きたくなる。
ということを考慮に入れながらジャンルの組み合わせを考えると、以下の4通りか?
①(オペラ、オペラ、オペラ)
②(ピアノ協奏曲、オペラ、オペラ)
③(ピアノ協奏曲、室内楽曲、オペラ)
④(ピアノ以外の協奏曲、ピアノ曲、オペラ)

①なら(魔笛、フィガロの結婚、コジ・ファン・トゥッテ)
②なら(独奏がハスキルorグルダのピアノ協奏曲、魔笛、コジ)
③なら(独奏がハスキルorグルダのピアノ協奏曲、K516orクラ五,コジ)
④なら(クラリネット協奏曲、グルダのピアノ曲、コジ)
ちなみにオペラは、声楽アンサンブルが多い「コジ・ファン・トゥッテ」が好き。
協奏曲で特に好きなのはピアノ協奏曲第20番か23番。とクラリネット協奏曲。
室内楽曲なら、弦楽五重奏曲ト短調K516かクラリネット五重奏曲が好き。
ピアノの独奏曲なら、グルダが弾いたもの。17・18番のソナタのDG盤。

やはりモーツァルトがいちばん作りたかったものって、オペラだから①を選ぶのが自然でしょうか?昔みた映画「ショーシャンクの空に」で、とても印象に残ったシーンがあります。無実の罪で投獄された囚人アンディが主人公。彼は刑務所の館内放送を使ってある音楽を流します。予備知識なしでそれを聴いた他の囚人たちは、その天上的な美しいハーモニーに聴き入ります。それが、“フィガロの結婚”の第3幕の「手紙の二重唱」。刑務所の囚人たちが聴くシーンが、無人島で聴く音楽となぜか被ってきます。

https://www.youtube.com/watch?v=azWVPWGUE1M




という訳で、今年の「無人島のモーツァルトの3枚」は「無人島のモーツァルトのオペラ3曲」として選びましょう。私が手持ちの中で好きなのは、
・「魔笛」はクレンペラー&フィルハーモニア管
 名盤が多いこのオペラで、魔笛の世界観がいちばん表現できている。
・「フィガロ」はショルティ&ロンドン・フィル
 歌手陣が充実していて、演劇的な出来に仕上がっている演奏。
・「コジ」はクルレンティス&ムジカ・エテルナ
 生き生きとした演奏で、若い歌手たちのアンサンブルも秀逸。

こういうセレクトは、気まぐれで選ぶので
おそらく来年は違ったものになっているでしょうねw。

「3枚」にノミネートされたCDたち
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