ブリューゲルの「バベルの塔」の縦断面

2017.04.23.Sun.18:09
4/21、所用で上京した時、時間を捻出して
都美術館で開催されているブリューゲル「バベルの塔」展をみてきました。
4/18にはじまったばかりだったので、比較的ゆっくり見られてよかったです。
大型連休中は大混雑になるでしょうね。
DSCF5357bb.jpg

内容的には大変に見応えがありました。
16世紀のネーデルランドの絵画・彫刻の歴史を辿りながら、
なぜブリューゲルが「バベルの塔」を描くに至ったのか想像することができました。

地下1階では宗教画から風俗画へ画題が移行していく過程の展示、
1階では、奇想の画家ヒロニムス・ボスとその影響を受けた作品の展示、
そして2階では、ブリューゲルの作品と、最終目標の「バベルの塔」にたどり着きます。
旧約聖書にある「バベルの塔」の具体的イメージをつかむまでの歴史もおもしろい!
なかなか人類は「天まで届く」イメージを持てなかったようですね。
「バベルの塔」に関しては実作だけでなく、
映像や3倍に拡大して模写された作品を通じて、
「バベルの塔」のディテールもよくみることができました。

「バベルの塔」はおよそ60センチ×75センチ。
この画面の中に、マクロとミクロの視点で
これほど大胆かつ精緻に描かれていて正直、ビックリしました。
およそ1400人ぐらいの人物が3ミリで描かれているそうです。
人を私の身長と同じ170センチで換算すると、バベルの塔は510m程度の高さ。
東京タワー333mより高いということになります。

私は建築関係者なので、
工事現場のようにレンガや漆喰を重機で上部に引き上げているところや、
最上部に足場をかけて塔をつくる職人の姿のディテールに引き込まれます。
塔内には、大聖堂の聖なる空間や、人々が集まる市場のようなものもあり
当時のオランダの人々の生活が垣間見れる風俗画的なところがありますね。
それと、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた肖像画の背景のように風景の描写も見事。

アーチの意匠に同じものがないことから、ローマのコロッセオ似かなと思っていたら
史料には、ブリューゲルはローマを訪れている旨の記述もありました。

それと、建物のスケール感のイメージですが、
私が世界でいちばん行きたいと思っているチベットの秘境にある
「カイラス山」のシルエットに似ているではないかと妄想しました。
塔というよりも、山に見るのは私だけかw。

0422bbl.jpg

この展覧会を一望すると、ブリューゲルは
・バベルの塔のあり方を着想するための考え方を「奇想の画家」ボスに学んだこと。
・「農民画家」として、人々の生活を描くことに秀でていたこと。
・「風景画家」として、自然や街を描くことに秀でていたこと。
上記のようなことが、あぶりだしのように分かるようになっていて、
なかなかのGJな展覧会じゃないかと思いました。

それと、忘れていけないのは漫画家・大友克洋氏による
「バベルの塔」の縦断面のイメージ画が特別展示されていたことです。
(これは撮影可でした。)
大友氏の画からは、
①塔そのものが螺線形に積み上げられていること、
②内部には半屋内的な大きなのアトリウムがあること、
③②の屋根には開口部があり、ローマのパンテオンのような光が入ること、
④アーチ型に積み上げられた組積造の考え方、
などが分かりますね。

断面フェチの私にとって、
たいへんに興味深いものでした。

DSCF5360bb.jpg
スポンサーサイト

サンドウィッチの断面

2017.04.22.Sat.08:24
四谷三丁目の昭和的なフルーツパーラーで、
フルーツ・サンドウィッチとアボカド・サンドウィッチの断面をゲットできました。
前回(3月)、行った時は売り切れで残念だったのでリベンジ訪問となりました。

フルーツ・サンドウィッチはお子ちゃま向き、
辛みソースが塗られたアボカド・サンドウィッチは大人向け
という感じでしょうか。

果物の断面がパンとクリームに映えますね。
断面フェチにはたまりません。
白系なので清楚な断面。
アボカド・サンドウィッチはとても美味しかったので、
自分なりのアレンジで作ってみたくなりました。

7886422_2251083418_217large.jpg
7886422_2251083417_126large.jpg

「未完成交響曲」の4楽章版

2017.04.18.Tue.22:23
私が偏愛するフランツ・シューベルトの交響曲は、
現在、演奏されるものとしては全部で8曲とされています。
私が持っている以下の5セットの交響曲全集もすべてそうなっています。
・ケルテス&ウィーンpo、
・サヴァリッシュ&SKドレスデン
・シュタイン&バンベルク響、
・グッドマン&ハノーヴァー・バンド、
・ブリュッヘン&18世紀オーケストラ

先日、なにかおもしろいCDないかなぁと思い、
アマゾンのサイトを眺めていたら
ネヴィル・マリナー指揮アカデミー管弦楽団の全集は
なんと10曲のシューベルトの交響曲などが収録されているという
ショッキングな内容であることが判明。
それが欠番になっている交響曲第7番・第10番。
加えて「未完成交響曲」が4楽章版になっている。
その他、交響的スケッチと断章がある。
これらはシューベルトが残した楽譜をもとに
イギリスの音楽学者ブライアン・ニューボールドが復元したそうです。
その時、ポチ病が再発。

aDSCF5109.jpg

2週間ほど後、このCDボックスはオーストリアから送られてきました。
とりあえず一番好きな交響曲第8番ロ短調 D.759『未完成』を聴いてみました。
未完成交響曲は、私がプロのオーケストラではじめて聴いた交響曲です。
それは40年前(私は中1)の日立市民会館。
新日本フィルの特別演奏会(指揮は小澤征爾)。
なんて美しいメロディなんだろう…と大感激しました。

シューベルトの未完成交響曲の演奏は、こんにちでは2楽章です。
では4楽章版になるとどうなるのでしょうか?

第3楽章はシューベルトが中途半端に残した楽譜をもとにニューボールドが復元。
この曲の冒頭の数小節は、大昔の名画『未完成交響楽』で
一瞬だけ流れたのは記憶していました。
実際、ニューボールドが復元もそれと同じメロディでした。
映画の続きをみた感じですw。
ただ第3楽章全部を聴くと、舞曲のようでちょっと単調な感じ。

第4楽章は「ロザムンデ」の間奏曲が使われています。
この間奏曲は「未完成」の最終楽章として構想された説があるそうです。
知っている曲なので、ちょっと新鮮味がありませんでした。

従来の1・2楽章とあわせて通して聴くと、
やはり前2つの素晴らしすぎて、後の2つに音楽的内容がイマイチ。
全体としてみると、あたまデッカチになっている構成でバランスが悪い。
「未完成交響曲」は完全を求めて聴くよりも、
未完のトルソ的なものとして聴いたほうが良さそうですw。

ただこのCDは資料的な価値はあると思うので、
明日以降、未知の交響曲第7番と第10番を
ゆっくり聴きたいと思っています。
ちなみに収録されている曲目は以下の通りです。

シューベルト作曲
・交響曲第1番ニ長調 D.82
・交響曲第2番変ロ長調 D.125
・交響曲第3番ニ長調 D.200
・交響曲第4番ハ短調 D.417『悲劇的』
・交響曲第5番変ロ長調 D.589
・交響曲第6番ハ長調 D.589
・交響曲第7番ホ短調/ホ長調 D.729  (ニューボールド編)
・交響曲第8番ロ短調 D.759『未完成』4楽章版  (ニューボールド編とロザムンデ間奏曲)
・交響曲第9番ハ長調 D.944『グレート』
・交響曲第10番ニ長調 D.936A (ニューボールド編)
・交響的断章 ニ長調 D.708A   (ニューボールド編)
・交響的断章 ニ長調 D.615   (ニューボールド編)

アカデミー室内管弦楽団
ネヴィル・マリナー(指揮)
(録音時期:1981-84年)

aDSCF5306.jpg

ピンク・イエロー・ブルー

2017.04.17.Mon.16:56
ピンク・イエロー・ブルー
春って、ほんとうに色彩的ですね。


上野公園の夜桜
DSCF5033fb.jpg

久慈川河川敷の菜の花畑
DSCF5300fb.jpg

ひたち海浜公園のネモフェイラ(2016年撮影)
昨年、ここへ行った日に熊本地震が起きました。
7886422_2208575971_158large.jpg

ヤノフスキが振る『神々の黄昏』その2|東京・春・音楽祭2017

2017.04.16.Sun.16:39
4/9付けの日記では、オペラ開演前の様子を記しました。今日はその内容について記します。ちょっとバタバタしていて、下書きを放置したままになっていました。
あまりオペラに関心がない方のために豆知識をちょっと書きます。ワーグナーが作曲した壮大な舞台祝祭劇『ニーベルングの指輪』は『ラインの黄金』『ワルキューレ』『ジークフリート』『神々の黄昏』という4つの楽劇から成ります。東京・春・音楽祭は4年計画を立て、一年にひとつを演奏会形式で上演してきました。ステージ上にオーケストラや歌手たちがのって演奏します。だからオペラを観たというより聴いたという感じですね。『神々の黄昏』は、英雄ジークフリートの死と世界の滅亡が描かれています。今回は『ニーベルングの指輪』の最終回。平日なのにほぼ満席。私は最終回の『黄昏』だけ、やっとチケットが取れて聴けました。

【演奏会前の降板劇が演奏に反映?】
今回の『神々の黄昏』は4/1と4/4の2回ありました。3月末に主催者の公式HPに、公演前のリハーサル中、主役のジークフリート役、ブリュンヒルデ役の歌手が体調不良に陥り、歌うことができず、出演者変更しますので悪しからず…という内容。これは非常事態です。実際に私が聴いた4/4は、ジークフリート役がロバート・ディーン・スミスに代わり、急遽来日したアーノルド・ベズイエンが務め、ブリュンヒルデ役は体調がなんとか回復したクリスティーネ・リポールがなんとか務めました。主演の交代劇は現場の関係者や演奏者に動揺が走ったことは容易に想像ができます。代役の歌手も十分に練習ができたのでしょうか?公演でも序幕から第1幕にかけて、N響はあまり鳴ってないなぁ…と思いましたが、そのような出来事が遠因になっていたのでしょうか?

【ヤノフスキのテンポ感】
指揮者マレク・ヤノフスキは、かなりはやいテンポで指揮をしていました。はじめはちょっと当惑しました。私の計測では以下の通り。括弧内は標準的な演奏時間の値です。
序幕+第1幕が約110分(120分)
第2幕が約60分(70分)、
第3幕が約75分。(80分)
近年、私が聴いた“はやい”と思った演奏はいつくか挙げられます。例えばパーヴォ・ヤルヴィ指揮&N響のマーラーの「復活」やアンドレア・バッティストーニ指揮&東フィルの「第九」など。彼らの早めのテンポ設定は、演奏に凝縮感や推進力が加わり、指揮者の意図が伝わってきました。一方で、ヤノフスキの“はやい感”はたんたんとした早歩き。。要所では多少の緩急があったものの、往年の名盤と言われている演奏とはだいぶ違った印象を持ちました。
前述した。緊急事態の時に指揮者の心理というのは、①どんな状況であっても自分のやりたい音楽を貫くのか? ②スクランブル状態にあわせて柔軟に対応するのか?どっちなのでしょう。演奏を聴いた印象では①30%②70%かな…。
ジークフリートという大役を急場でこなしたベズイエンは頑張ったとは思いますが、お世辞にも良かったとは言えません。声質が軽く声量もない。英雄ジークフリートとしては物足りませんでした。問題はあるものの、なんとか公演を完遂するために、ジークフリートの見せ場を快速気味のテンポで通り過ぎるようにしたのかな。悪くいうと粗を見せにくくする。好意的に言うと、全体的に早めのテンポでスマートでモダンな演奏を狙った。序幕や第1幕はあっさり気味で演奏を進め、英雄ジークフリートが悪役ハーゲンに殺され、その後のブリュンヒルデの自己犠牲のあたりからが出色の仕上がりで、そこがオペラの極点として設計した感じ。そこだけは、ワーグナーの音楽のコンセプトである「愛による救済」を凝縮したような演奏になっていました。

【今回の『黄昏』をサッカーのフォーメーションに喩えると】
今回の公演は、主役の英雄ジークフリートが不調の中、他の歌手の好演に助けられた印象があります。登場人物の人間関係を私が好きなサッカーに喩えるなら、2004~05年ごろのACミランの「アルベロ・ディ・ナターレ(クリスマス・ツリー)」と言われてた4-3-2-1という中盤を厚くしたポゼッション重視の構成感に似ています。1トップのFWよりも、中盤の5人の距離感や位置関係が重要なのです。特にレジスタとクラッキと呼ばれるポジションが重要な役目を担っています。

---------FW-------- ←不調のジークフリート
--------------------
------MF---- MF ---- ←ワルキューレの姉妹
--------------------
--- MF ---MF --MF ---←ギービヒ家の悪い人たち
--------------------
-DF---DF---DF----DF-←「ラインの黄金」関係者
---------------------
-------|GK|--------←N響

今回の出演者をこのフォーメーションを当てはめると、こんな感じかな。
FW:ひとりだけ不調なの英雄ジークフリート
攻撃的MF:ブリュンヒルデ、ヴァルトラウテ(ワルキューレ姉妹つながり)
守備的MF:ハーゲン、グンター、ゲートルーネ(ギービヒ家つながり)
DF:アルベリヒ、3人のラインの乙女(序夜「ラインの黄金」つながり)
GK:N響

ワルキューレの姉妹とギービヒ家の3人の5人の頑張りで、なんとか公演の急場を乗り切ったという感じと言えるのではないでしょうか。攻撃的中盤のレジスタは攻撃の核となるのでFWジークフリートと熱愛関係のブリュンヒルデとし、クラッキは守備的中盤の要であるだけでなく第2のFWとして攻撃参加するハーゲン。ブリュンヒルデ役のリボールは、体調が万全ではないようでしたが、最後の「自己犠牲」の場面ではなかなかの熱演をみせてくれました。少しキンキンした声質だったけれど往年の大歌手ビルギット・ニルソンにちょっと似てたかな?英雄を殺害するハーゲン役のアイン・アンガーは終始、重厚な声が朗々としていて素晴らしかった。今回の『黄昏』は悪の英雄ハーゲンが主役だったと言ってもよさそう。ディフェンス・リーダーのアルベリヒとクラッキのハーゲンは親子関係でもあるので、最終ラインの悪の枢軸関係が第2幕冒頭の二重唱でよく出ていた。

【序幕の「夜明け」のシーンで思ったこと】
序幕の「夜明け〜ジークフリートのラインへの旅」は私が好きな箇所ですが、管弦楽でも単独で演奏される佳曲。しかしヤノフスキはそこにはあまり思い入れがないかのおうに、スゥーと通り過ぎるような指揮。しかし「夜明け」に漂う薄い暗い雲のような響きがとても腑に落ちました。ジークフリートに起こる悲劇を暗示するものになっていたと思ったからです。そう思ったのは、3月の茨城国際音楽アカデミーinかさまで桐朋音大学長の梅津時比古氏の講演を聴いたことに起因します。シューベルトの歌曲を例にしながら梅津氏の日独の言葉のイメージの差異がある話を聴いたばかりでした。日本人は「夜明け」という言葉から新しいことがはじまる期待感を、一方でドイツ人は夜明けのひかりは薄暗いことから不吉や不安を感じるそうです。言葉の持つ意味やイメージのちがいが演奏に出ることを再認識した箇所になりました。

【オーケストラについて】
今回の私の席は、3回の右側バルコニー席。実際、ステージに向かって右側がよく見えませんでした。そのせいか低減の音があまり聴こえてこなかった。そのためか、全体的に重心が高く、重厚な響きがあまり感じられませんでした。別の言い方とするなら、室内楽的な響きとも言えるでしょうか。もっといい席で聴いたら印象が違っていたかもしれませんが…。ゲストコンサートマスターのライナー・キュッヒル(元ウィーン・フィル)は、まあまあオーケストラを統率しているように見えました。CDではなかなか聴こえてこなかったバス・クラリネットの音がよく効いていたのが発見でした。ホルン群も奮闘していたとは思います。

【歌手について】
前述しましたが、私が『黄昏』でもっとも注目するのは英雄ジークフリートとその敵役のハーゲンです。英雄と悪役の対決は、ハーゲン役を歌った巨漢のアイン・アンガーの完全勝利。重厚で圧倒的な声量と存在感でした。ジークフリート役のベズイエンはリリック気味の声質。急な代役だったことを差し引いても、英雄ジークフリートにふさわしい声とは思えなかったです。ちなみに私は重めの声のテノールが好き。昨年の『ジークフリート』でタイトルロールを歌ったアンドレアス・シャーガが代役で来てくれたらよかったのに…。

【映像と字幕】
本公演は演奏会形式でした。だから基本的にはオペラを聴く…というものですが、ステージ奥にスクリーンが設置され、そこには演奏内容に関連したCGによる風景が映し出されていました。ローゲの火で覆われた岩山の景観など、なかなかよく出来ていました。場面の情景を想像する一助になります。音楽が第一になることをふまえたもので、あまり主張しない良識的な映像になっていたのも良かったです。一方で、字幕の文章が難解で読みにくかった。読めない漢字、一般的ではない文語的な言葉遣いがありました。映画の字幕の方がずっと分かりやすいと思いました。

【その他】。
来年の東京春祭は、フローリアン・フォークトがタイトルロールを歌う『ローエングリン』らしい。これは聴きたい!それとホワイエでは、ワーグナー指揮者の飯守泰次郎氏と小泉純一郎氏に似た方を遠目で見かけたけれど、本人だろうか?小泉氏は新国の『さまよえるオランダ人』でも見かけたことがあります。オペラが好きであることは公言していたから、元首相が私人として来ていてもおかしくないですよね。

■ワーグナー作曲 舞台祝祭劇「ニーベルングの指環」第3日『神々の黄昏』
■2017.4.1火曜15:00開演@東京文化会館 大ホール
■出演

指揮:マレク・ヤノフスキ
NHK交響楽団(ゲストコンサートマスター:ライナー・キュッヒル)
合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:トーマス・ラング、宮松重紀

ジークフリート:アーノルド・ベズイエン
グンター:マルクス・アイヒェ
ハーゲン:アイン・アンガー
アルベリヒ:トマス・コニエチュニー
ブリュンヒルデ:クリスティーネ・リボール
グートルーネ:レジーネ・ハングラー
ヴァルトラウテ:エリーザベト・クールマン
第1のノルン:金子美香
第2のノルン: 秋本悠希
第3のノルン:藤谷佳奈枝
ヴォークリンデ:小川里美
ヴェルグンデ:秋本悠希
フロースヒルデ:金子美香